しかし、河川問題、ダム問題という問題群としてではなく、熊本県知事としての「蒲島」問題は、「『学者』知事という偶像崇拝(Idolatry)とポピュリズム(衆愚政治)」という問題群としても論点が立てられそうです。「学者」をアイドル(偶像)視する問題は、広く「政治」の問題としてこのブログの主題とも決して無縁ではないでしょう。私はここでは「衆愚政治」という言葉を「有権者がおのおののエゴイズムを追求して意思決定する政治状況を為政者自身が創り出す」という意味で用いています。市民を愚弄する意図はまったくありません。
そういう意味で、東京の石原知事、大阪の橋本知事の愚行とともに、蒲島郁夫熊本県知事(元東大教授)の知事就任以来の愚行をあぶりだすことは、私たちの国のポピュリズムの克服という課題のためにも重要な意味を持つことのように思います。
熊本県知事になった蒲島さんは「学者」知事の誕生ということで鳴り物入りで登場してきました。その「学者」知事としての蒲島さんが知事就任以来6か月の間でやったことは、
@潮谷前県政が40年以上に渡って熊本県民を対立させてきた川辺川ダム問題を解決させるべく2期8年かけて積み重ねてきた住民と行政の討論集会の共同検証の成果を「白紙に戻し」たこと
A1997年の河川法改正を受けて、淀川水系流域委員会などに代表される積極的に住民の意見を反映させようとする仕組みが国交省や県の河川行政も含めて真剣に模索されてきた経緯を逆転させて、流域住民を排除した学識経験者のみで構成する「有識者会議」なるものを立ち上げたこと。
さらにその偏頗な「有識者会議」の結論を最重視する姿勢を見せていること
Bその「有識者会議」のアドバイザーとして自らが選んだオランダ人の政府系河川コンサルタント、ディック・デ・ブラウンという人のたった一回の来日、正味数時間の現地視察、有識者会議の参加でのいきなりの「川辺川ダム建設は必要」発言を「その知識の深さには感銘を受けた」などと評価し、同氏のこの無定見を容認する輪をかけた無定見ぶりを発揮したこと
C潮谷前県政が2002年にその撤去を決断し、日本初のダム撤去と河川の専門家の多くから歓迎され、流域の漁業関係者や住民の多くも「清流が戻る」と喜んだ県営荒瀬ダムの撤去の方針を愚にもつかない理由をつけて凍結し、事実上ダム存続の方針を打ち出していること
などなどです。
これがリベラルな「学者」知事とアイドル(偶像)視された者の正体だったのです。
かつてドイツにナチズムというポピュリズムが現れたとき、ドイツの多くの市民はそのナチズムのイデオロギーを熱烈に支持しました。しかし、その熱狂の代償はあまりにも大きかったといわなければならないでしょう。ポピュリズムを仮に「庶民性」と名づけるならば、その「庶民性」は、いつの場合も両刃の剣であることを私たちは自覚する必要があるように思います。「学者」という得体の知れない空疎な名辞のみに眩惑される風潮は悪しき意味でのポピュリズムそのものというべきではないでしょうか。その「庶民」の眩惑にあえて乗じようとする「学者」の側の精神構造も、それが眩惑であることに気づかない「庶民」の側の精神構造もひとしく。
前に私は、『天声人語』批判の文脈で、「博士なんていうものは、やってることはいくらか知ってるでもあろうが、そのほかのことは一切知りませんという甚だ不名誉千万な肩書だ」(夏目鏡子『漱石の思い出』)という夏目漱石の言葉を引用しました。
また、『バカの壁』で有名な元東大教授の養老孟司さんも、「世間は東大教授という肩書きを欲しているのだから、自分の名前は省いて名刺のど真ん中には『東大教授』とだけ印刷しておいた方がいっそさばさばする」、となにかの座談会で述べていたことがあります。
おふたりとも上記のポピュリズムとは無縁なほんものの学者、作家だった(である)ということができるように私は思います。
さて、私は先日、ある会合で、蒲島さんは「学者」以前の問題として、そもそも彼が専門とする「政治学」の分野においても政治学者としての素養(民主主義の理念等々)に欠けるところがあるのではないか、ということを指摘したことがあります。
その論拠は次のようなものでした。
@蒲島さんは1968年に渡米し、1971年から1979年まで学生生活を送っているが、この間、政治学を専攻した期間は大学、大学院を通算して1977年から1979年までの2年間にすぎない
Aさらにその2年間で履修した「政治学」はおそらく「投票行動の研究」というもので(米国で2年間、政治学を専攻した翌年には帰国し、すぐに筑波大学の社会工学系の講師となっている。さらにその6年後には米国で准教授の職を経験した後、同学の社会工学系助教授に昇進するなど職歴の動きは慌しいが、あらたな研究を手がける暇もなく、その「売り」が一貫して「投票行動の実証的研究」であることから十分に推認できる)、政治学の一分野、かつ理念的なものをカバーしない技術的な側面の「学」でしかない。すなわち、政治理念や政治思想など政治学の基礎知識を本格的に履修した形跡は認められない。
B蒲島さんは日本に帰国して主に投票行動の研究で業績をあげたが、その頃のわが国における政治学の主流は、政治思想、政治思潮、政治理念などを研究することで、「投票行動の研究」をする研究者は少数派の中の少数派であった。その間隙を縫うようにして蒲島さんは業績をあげていく。いわば目先の利くある意味実務家の成功というべきであって、学者としてのそれとは認めがたい
C蒲島さんがハーバード大学院で政治学の指導を受けたというハンティントン、ヴァーバともにリアリズムを基調とした保守主義者として知られている。また、そもそもアメリカという国が民主党、共和党の2大政党制を基調とする括弧つきリベラル保守のお国柄でもある。蒲島さんは青春時代を米国に過ごし、おそらくその括弧つきリベラル保守の風土に馴染んだ。さらに蒲島さんの政治学=投票行動の研究はバッファー・プレイヤー説を基調とし、その説で彼は名をあげたが、このバッファー・プレイヤー説とは「有権者は自民党の政権担当能力を信頼し、自民党が政権を担当することを基本的に支持しているが、国民への応答性を求めるために政局は与野党伯仲をよいと考え、自民党政治の腐敗、独走が生じた際には警戒した投票行動をとる」というもの。この彼の持説から見ても、彼の基本的なモチベーションは保守志向性にある、と見た方がよい
D蒲島さんは1968年に渡米(帰国は1980年)しているが、この頃、日本では学生運動(いわゆる「全共闘」運動を含めて)がもっとも高揚した時期に当たる。よど号ハイジャック事件、連合赤軍事件、あさま山荘事件、内ゲバ殺人事件、また佐世保エンタープライズ寄港阻止、70年安保闘争等々、学生、若者が関わったさまざまな事件が相次いだ。この頃、日本の学生、若者だった少なくない者は好むと好まざるとに関わらず、デモ参加などなんらかの形で政治に関与せざるをえなかった、という経験を持つ。が、蒲島さんはその頃、米国にいて、日本の学生、若者に特有だったそうした経験とは一切無縁である。すなわち蒲島さんは体験的にも多感な青春期に「民主主義」(左翼的な傾向を含めて)というその時代特有の若者の通過儀礼を受け損ねている
等々。
蒲島さんは、「学者」出身の「リベラリスト」というよりも、農協勤務時代の鬱屈した青春期以来、一貫して政治プレイヤーを夢見ていた根っからの「保守主義者」(立身出世主義思想の持ち主)と見た方が、熊本県知事就任以来の彼の行動がよく理解できます。
「学者」出身知事としての蒲島郁夫氏の非民主性は目に余るものがあります。私たちの国のポピュリズムの克服という課題のためにも「蒲島」問題=「川辺川」問題をこのブログでも必要に応じて発信していきたいと思います。
東本高志
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