2008年06月09日

人が生きるために…中村哲さんの終わりなき戦い

友人の高橋友美さんが、中村哲さん講演会の感想とともに、彼とペシャワール会の活動を年表にまとめた文章を書かれました。優れているので、紹介します。

そもそも、イラクなどにしてもそうですが、日本は、アフガニスタンに対して、「復興支援」ではなく、「損害補償」をしなければならない。

地球温暖化被害などの「補償」を彼らペシャワール会に負わせているのが今の日本人。性質が悪いことに、日本政府は陸自の派遣―偽装国際貢献―でさらに彼らに迷惑をかけようとしている。

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/
第1回活憲政治セミナー「地球温暖化問題から取り残される日本の政治」報告
http://kaze.fm/wordpress/?p=219
太田光征



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人が生きるために…中村哲さんの終わりなき戦い


「農業=食糧を生産する営みは、誇張なく、人類生存の根幹に関わるものである」 
「戦争による破壊的状況が拡大する中で、我々の事業は、戦争という暴力に対する「徹底抗戦」の意味を帯びた」(中村哲さんの著書より)

 アフガニスタンで医療活動を行っているペシャワール会代表の医師中村哲さんの講演会が、6月1日、我孫子市で行われたのですが、お話を聞いて私はほんとうにびっくりしました。

 2000年にユーラシア大陸を襲った未曾有の大旱魃と飢餓。診療所に辿り着いたものの、飢えと渇きで力尽き感染症に命奪われて母の腕の中で冷たくなっていく子どもたち。外を見やれば見渡す限りの緑は茶色く枯れ果て、飢えた村人が離散してある日忽然とひとつの村が消えていきます。でもそれは決して一時の大災害ではすまなかった。
 なぜならそれは、地球温暖化による気温上昇が招いた旱魃であり、砂漠化であったから。年追うごとに、命の水を蓄えている山々の雪線が上昇し、雪解け水が大洪水とともに一瞬にして流れ去り、地下水位が下がるばかりであったから。

 ここにおいて、病から人々を救うべく長年活動してきた中村さんは、病よりもなお惨く命を脅かすもの=飢餓との戦いを決意します。水と食糧。生きるためぎりぎり最低限のものを獲得するために、刻々と不気味に進行する砂漠化をなんとしても食い止め、命の糧を産み出す緑の大地を回復しなければ。
 こうしていつしか中村さんは、用水路建設と人類生存の可能性を切り開く戦いの最前線で声を枯らし、力の限りに陣頭指揮をふるっていたのでした。それは、中村さんも自覚されているとおりこれから長く長く続いていく終わりなき戦いです。そしてそれは、気の毒な国アフガニスタン固有の問題ではなく、近い将来に人類が紛れもなく直面するであろう問題なのです。中村さんのお話を聞きながらそのことに卒然と気づいて、私はほんとうにびっくりしたのでした。

 ああ、でも残念ながら、アメリカも日本も国際社会も国際支援団体も、この私とさほど変わらぬ無知無頓着ぶりであるようです。中村さんらの奮闘の日々に、彼らと私たちがいったい何をしてきたか。中村さんのお話とその著書「医者、用水路を拓く」(石風社)の中から年表風に拾い出してみますので、とくとご覧ください。日本の動きについては他資料も参考にしました。間違いなどありましたらご指摘いただければ幸いです。

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1.1980〜90年 ハンセン病治療からアフガニスタン無医地区での医療事業へ

(前史:19〜20世紀初頭のアフガニスタンは三度の対英戦争を戦い、あの大英帝国に痛手を負わせて独立を達成)
1979〜89年 ソ連軍アフガン侵攻。旧式ライフルしか持たないイスラム教徒ゲリラ(農民兵)に、軍事超大国の精鋭部隊が撃退されて、89年10万のソ連軍が撤退。
その後のアフガニスタン国内は各派の勢力争いにより内戦状態が継続。
90年代半ばよりタリバーンが勢力を伸ばし首都カーブルを制圧、次いで国土の9割を実効支配。 (地域の伝統的自治組織と政治交渉、自治を保障してから進駐するやり方。アフガニスタンはどんな政権下でも中央集権国家ではなかった)

このソ連侵攻の最中84年に、パキスタンの都市ペシャワールを拠点に中村医師がハンセン病治療を開始。
後にアフガン難民の治療も開始。この経験に基づき、ハンセン病だけでなく一般伝染病も含めた治療へと方針転換。
アフガニスタン東部山岳地帯の無医地区に次々奥地診療所を開設して住民の絶大な信頼を得るとともに、ペシャワール医療基地病院も建設。

2.2000年 大旱魃の襲来、医療事業に加えて水源確保事業を開始

アフガニスタンは国土の8割が山岳地帯、国民の8割が農民1割が遊牧民。かつては100%近い自給率の農業国。
4〜7000m級の山々に降る雪が天然の巨大貯水槽として機能し、雪解けとともに年間途切れることなく水を供給して農耕を支えてきた(カネはなくとも生きていけるが、雪がなければ生きてはいけない=アフガニスタンの有名な諺)。
ところが2000年アフガン大旱魃により、人口の過半数1200万人が被災、400万人が飢餓線上、100万人が餓死線上という大惨状を呈する(WHO報告)。この年以降自給率60%を切る。
栄養失調と脱水から感染症にかかってあっけなく落命する小児多数。畑を捨て流民化した村人が都市に流入。
首都カーブルに百数十万の旱魃避難民。市内でも水欠乏と感染症が多発。

 7月、ペシャワール会では残った村人を集めて飲料水源確保事業に着手。
以後戦乱の中にあっても一貫して、井戸の掘削やカレーズ(伝統的地下水路)の復旧を着々と実行。

3.2001年 アメリカの報復空爆下、国内避難民に決死の食糧配給

1月 タリバーン政権に対する国連の経済制裁が発動(前年、米駆逐艦に自爆攻撃をしたアルカイダを匿ったとして)。
これを契機にタリバーン主流が穏健派から急進派に一転。
飢餓難民に対する援助どころか食糧制裁まで課せられたことで、国際社会に対するアフガン国民の怒りと不信も沸騰。
国連制裁と同時に(退去義務のない)欧米の非国連団体までが、困窮する難民を尻目にカーブルから続々自主撤退。
百数十万の避難民で溢れる首都カーブルが無医地区と化す。
 
9月11日 米国で同時多発テロ。直後にアルカイダの犯行と名指し。 
10月7日 米英軍によるアフガニスタンへの報復爆撃開始。翌日、小泉首相が空爆支持を表明。
10月13日 中村哲医師、国会参考人質疑で自衛隊派遣は有害無益と発言。
10月29日 日本で対テロ特別措置法成立。
        同法に基づき自衛艦が米補給艦に燃料を無償補給。航空自衛隊が米軍兵士を輸送。
11月    タリバーン政権崩壊。歓呼して進駐軍を迎えるカーブル市民、ブルカを脱ぐ女たちの映像が繰り返し放映。 
      (実は戦わない意思表示。タリバーンの進駐時も歓迎していた。ブルカは慣習。脱いだのは都市のごく一部)
12月    暫定政権樹立。
12月    日本で国連平和維持(PKO)協力法改正(武器使用制限の緩和、PKF本体業務への参加)。

3月 ペシャワール会は撤退する欧米諸団体と逆行して、カーブル市内に5つの臨時診療所を開設。
9月 日本人は国外退去やむなきにいたるが、空爆があっても国外に逃げられず飢えを待つばかりの国内避難民に
食糧を緊急配給することを中村医師が決断。日本国内にて緊急支援金を募る(募金額6億円に)。
ペシャワール会アフガン人職員20名の決死隊が敢然として、空爆下のカーブルで避難民16万人に食糧配給を行う。 
(カーブル市長再三の懇請にもかかわらず、国際赤十字は食糧配給を拒否して豊富な食糧倉庫を開かなかった)

4.2002年〜 旱魃の進行、総合的農村復興事業「緑の大地計画」を開始

2002年    アフガニスタン復興支援東京会議。アフガン復興ブーム。国連難民高等弁務官事務所による
難民帰還プロジェクト(200万人の難民を1年間100万人のペースで帰国させると発表)
          2003年、140万人が帰還と高等弁務官事務          所が発表。
          2005年、500万難民の存在をパキスタン政          府が訴え(飢餓難民の再流出)。
          アルカイダ掃討作戦のための米軍兵士、この時点          で12000名。
2003年3月 米英軍によるイラク攻撃開始。小泉首相がただちに支        持を表明。
      6月 日本で有事法制関連三法成立。 
      7月 日本でイラク特別措置法成立。同法に基づ  
         き、空・陸・海すべての自衛隊にイラク派遣命令。
2004年    新憲法制定。大統領選挙でカルザイ氏が当選。
2005年    米軍兵士、この時点で18000名。外国兵士計41000名(07年には50000名に)
2008年1月 日本で新テロ特措法が成立。インド洋で海上自衛隊に        よる補給活動再開。

東部国境山岳地帯への激しい空爆。戦火の拡大。クラスター爆弾。過去最悪の治安状況。
絶え間ない誤爆の数々。ペシャワール会の用水路建設現場が、米軍ヘリの機銃掃射を受けたこともあった。

旱魃の進行。雪解け時の大洪水でいっきに雪が消えてしまう。雪線の上昇、氷河の後退。
地下水位のさらなる低下。地下水利用の限界。大洪水による取水口の破壊。広がる砂漠化。
旱魃によりムギを作れず、乾燥に強いケシ畑がいっきょに拡大(タリバーン政権下でケシ栽培はほぼ絶滅していた)。
しかし復興支援団体は農村の用水路回復どころか、首都カーブルを出ずに男女平等論議、学校教育論議。

中村医師は、食糧緊急支援に寄せられた「いのちの基金」6億円を投じて、農業復興に全力を尽くす方針を固める。「緑の大地計画」基本方針 (医療活動ももちろん継続)
1 試験農場  乾燥に強い作付けの研究 
2 飲料水源事業(地下水利用)  現在の事業(井戸、カレーズ)を継続、総数2000箇所をめざす
3 灌漑用水事業(地表水利用への転換)  井堰、溜池の建設、大河川からの取水 用水路建設

1の成果: 試験農場8000uで研究成果をあげたサツマイモ、水稲、大豆について、2006年から普及をはかる。
サツマイモの種芋や発芽可能な蔓が農民に続々盗られるほどの人気。茶の栽培。主食の小麦の増収も見込めてきた。

2の成果: 1500箇所まで達成。

3の成果: 2003年3月19日、米軍イラク攻撃の前日に用水路建設の着工式を行う。
中村医師を先頭に、日本人ワーカーと用水路建設を聞きつけて帰ってきたアフガン人の元難民多数が奮闘して、
水量豊かな大河川クナール水系から取水する用水路を、日本の伝統工法である柳技工と蛇籠工で施工。
水路沿い125000本の柳が木陰を作り、蛇籠の石の間や水路の底にくまなく根を張って水路を補強している。
2007年4月現在、第1期13kmが完成。直接潅漑面積900ha、下流域6000haが潅漑可能となる。
噂を聞いた農民が続々帰村し、奇跡のように緑の畑が蘇る。現在第2期7kmに着工中。


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 以上いささか細か過ぎたきらいはありますが、報道の陰に隠されて全く知らされなかった事実を読み取っていただければ幸いです。

 思えば私が中村さんの名前を覚えたのはやはり2001年の参考人質疑の折。中村さんが激しい違和感を覚えたという対テロ戦争の異様な狂騒に包まれて、私は言い知れぬ怖さを覚えつつ、このように正気の方がおられるのだと深く心に刻んだことを思い出します。しかしそれでもなおアフガン状勢もペシャワール会の活動も本当のところを何も知らなかった、と今にして恥じ入る思い。そして改めて中村さんらの活動に大きな希望を見出すものです。
以下、そんな私の感想を若干付記させていただきます。

 今や60%を切ってしまったアフガニスタンの自給率。すでに40%を切ったといわれる日本の自給率。なぜアフガンの人々が飢えて私たちが満腹飽食できるかといえば、金で買えるか否か、ただそれだけの差。けれどもひとたび地震が起きたら、原発事故が起きたら、あるいは当然ありうることとしてその両方が同時に起きたら、大恐慌が起きたら、戦争が起きたら、世界的な不作になったら、すでに農業者さえ殆どいないこの国の悲惨は、アフガニスタンの比ではないかもしれません。こんなにも恵み豊かな自然条件下にあって、農業=食物を生産する営みをやすやすと放棄した私たちが、いざとなったら何とかやれるはずなんてないのですから。この国だけが温暖化の影響を免れる保障もないのですし。

 けれども本当のことをいえば、一見天与の条件と見えるものさえも、水をなだめて水を制し、営々と木を植えて森を作り、ひとくれの土さえ惜しんで耕地を広げてきた先祖たちのたゆまぬ努力の賜物であったようです。江戸時代と戦中戦後に先祖の飢えを満たしたサツマイモが、今アフガンの人々を救う巡り合わせに思いを馳せ、ほんの何世代か前まで飢饉を生き延びてきた私たちの先祖を思います。その伝統的農業土木技術が医師中村哲氏の手で発掘されて異国に蘇る不思議と、先祖の汗も涙も知らぬげにグルメにうつつを抜かす私たちの決定的な愚かさを、つくづく噛みしめる思いです。

 中村さんの言うとおり、「雪(水と自然)はなくとも生きられるが、カネがなければ生きられない」との思い込みに支配された私たちであることは間違いありません。この抜きがたく強固な思い込みがいついかなる経緯で誰によって植えつけられたか、興味あるところです。ともに植民地時代のアジアで独立をまもった希少な国とはいえ、マネー信仰と欧米流価値観をいち早く体得することで生き延びた日本と、今世紀に至るまで自給自足的農業国であり続けたアフガニスタンは、この点で正反対。どこか古武士の風格を宿す中村医師がかの国に惹かれる理由も、ひょっとしてこの辺にあるのかもしれません。

 さらにひょっとしてひょっとして、時の最強国が山岳地帯の貧乏国に繰り返し攻め入る奥底に、欧米流価値観による支配への執念があったかも?アフガニスタンはいっかな価値観を変えず言うことをきかない頑迷で「自由」のない国だから…?
それが証拠といえるかどうかはわかりませんが、「解放」軍がもたらした「自由」は、ケシ栽培の自由であり(解放後に復活したケシはたちまち世界の大麻生産の93%に)、外国人相手に売春する自由であり、寡婦が物乞いする自由であり、カーブルの一部金持ちが贅沢をする自由であったとのこと。そういえば、アフガン報復爆撃の作戦名はその名も、「不朽の自由作戦」でした!

 イラク「解放」後の略奪行為を、「それが自由だ」と言い放った米政府高官があったから、彼らの「自由」とはつまりそういうものなのでしょう。カネに頼らなければ生きられなくなる不自由とセットになったカネ儲けの自由。そのためには手段なんぞ選ばない自由。ケシの現金収入はムギの100倍だそうです。ケシは食べられないけれど。

 しかしそれでもなおアフガニスタンの人々は国家を信用していないし、期待もしていない。福祉も家庭や地域で賄っていると聞いて、なぜかちょっと嬉しくなってくる私でした。近代憲法の精神に照らして、国家への不信はよいセンスですよね。
その国家権力に枷をはめる憲法の本質からすれば、武力の放棄こそ最上の手枷足枷なのでは?「きちがいに刃物」を持たせないという意味で。三権分立による権力相互の牽制なんて、絵に描いた餅みたいに全然機能していないのだから、武力放棄のない憲法なんて…ねえ!
 
 ちなみに中村さんはこう語っておられました。憲法9条は、先の戦争における日本とアジア2000万の犠牲の上に立てた位牌のようなもの。もう絶対に戦争は嫌だという人々の切なる思いの結実。これを捨て去ることほど愚かなことはない。捨てるかどうかを決める前に、アメリカ合衆国51番目の州になるか否かを国民投票すべきであると。

 ところでまた憲法前文に「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり…」とあるけれど、このような国民国家のあり方が本当に「人類普遍」の原理なのでしょうか。中村さんのお話を聞き、遠い遠い国だったアフガニスタンへの思いが変化するにつけ、こんな疑問がうかんできました。人類というより欧米起源の思想であることは少なくとも事実だし、彼らが高圧的に押し付けてくる価値観たとえば「自由」のいかがわしさはすでに見たとおりだし(貿易の自由、金融の自由、企業買収の自由その他もろもろも)、「国民の代表者」が決して私たちの代表者でないことも周知の事実なのですが…。だからといってすぐさま日本国憲法前文をどうこうすべきというつもりはありませんが、これからも考え続けてみたい疑問です。

 それにしてもアフガンの人々も「人類普遍の原理」に従い、古臭い地縁血縁関係を捨て去り、国家に「信託」すべきなのでしょうか。なんだかもったいない気が・・・。中村先生のアフガン贔屓が伝染したかしら?

 以上思いつくままの感想でした。講演会のタイトル「アフガンの地から平和憲法を考える」にちなんで、勝手放題の憲法談義までお付き合いいただき、ありがとうございました。

 そうだ、最後にもうひとつだけ。絵本 「せかいいちうつくしいぼくの村」(小林豊作・絵 ポプラ社)をご存知ですか。果物がたわわに実って胸に染みるほど美しいアフガニスタンの村が描かれています。ぜひ一度ご覧ください。                                 
2008年6月6日   高橋友美
          
posted by 風の人 at 11:55 | Comment(2) | TrackBack(2) | 一般
この記事へのコメント
はじめまして(でしたでしょうか)。
Rolling Baanです。TBをいただきありがとうございます。

seesaaに通らなくなってしまったので、こちらにURLを記載させていただきます。
http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10104107116.html

ご紹介いただいた高橋友美さんの文章に、ペシャワール会と中村さんことをより深く知ることができました。ひとりがリードして切り拓いていった平和の実現が日本政府によって足蹴にされることを許したくありません。

今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by Rolling Bean at 2008年06月10日 08:28
はじめまして(でしたでしょうか)。
Rolling Baanです。TBをいただきありがとうございます。

seesaaに通らなくなってしまったので、こちらにURLを記載させていただきます。と思ったらURLでブロックされてしまいました。。
上記アドレスにentry-10104107116.htmlをつけていただければと思います。

ご紹介いただいた高橋友美さんの文章に、ペシャワール会と中村さんことをより深く知ることができました。ひとりがリードして切り拓いていった平和の実現が日本政府によって足蹴にされることを許したくありません。

今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by Rolling Bean at 2008年06月10日 08:30
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