2008年05月21日

脱原発法の提案にむけて

5月16〜21日鎌倉図書館.

再処理工場の稼働を止める方法について知ろうと借りた西尾漠『脱原発しかない』第三書館,1988年を読んで見つけた脱原発法と原発禁止法のこと.

●●
1988年4月23,24日,日比谷公園にて故高木仁三郎氏ら集会主催の実行委員会が中心となって「脱原発法制定運動」を提起.

何先万の請願署名と超党派の議員立法で可決を目指す見込みだった.

350万筆の署名を国会に提出したが結局政治は動かなかったらしい.

法案の骨組を抜粋↓(p148-55).
1,建設中,計画中の原発については,建設,計画の続行を認めずただちに廃止とする.

2,現在,運転中の原発については,法案成立後一定の期間内(たとえば1年)に順次運転を停止させ廃炉とする.危険の少ない廃炉措置のための研究は認める.

3,ウラン濃縮工場,核燃料加工工場,再処理工場等核燃料サイクル施設は,運転中のものはただちに停止しその後廃止することとし,建設・計画中のものは中止とする.

4,原子力船の開発も中止とする.

5,放射性廃棄物については,地下処分,海洋投棄など管理不可能な状態に置くことは絶対に認めず,管理可能な状態で発生者の責任において管理するものとする.

6,政府は原発に依存せず,環境を破壊しないエネルギー政策を責任もって立案する.

●●p172より抜粋↓
1978年12月,オーストリア連邦議会は,全会一致で世界初の原発禁止法を採択した.11月に行われた国民投票で,同国初の原子力発電所であるツヴェンデンドルフ原発の運転開始に50.5%が反対票を投じた結果である.

オーストリアにおけるエネルギー供給のために核分裂を利用することの禁止に関する連邦法(全文)
1 エネルギー供給の目的で核分裂によって電力を生産する施設は,オーストリアにおいては建設してはならない.現存する施設については,これを稼働してはならない.
2 この法律の実行には,連邦政府が責任を有する.

●●p173-4
...1974年には,オーストリアの反原発運動は,第2の原発の計画を,建設の寸前で止めることができたのです.それから運動はどんどん強くなりました.1978年にツヴェンデンドルフ原発が完成したとき,政府はその運転を強行することができず,国民投票に判断を求めたのです.
...だから私達の運動がいまなすべき最大の課題は,ひとりひとりの責任感を組織し,政治的な力へと転ずることどはないでしょうか.
●●

さぁ2008年日本の私達はどう動こう.

豊田義信


posted by 風の人 at 15:17 | Comment(0) | TrackBack(1) | 一般
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Weblog: 護憲+グループ・ごまめのブログ
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