2008年03月10日

グアンタナモ・911被疑者を特別軍事法廷で裁くことは許されない

 米当局は2月11日、キューバにある米軍グアンタナモ収容所の被拘禁者6人を、911テロに関与した嫌疑などで、特別軍事法廷に起訴した。全員に対して死刑が求刑されている。時間がない。[1]

 特別軍事法廷の根拠法である2006特別軍事法廷法は、米当局の思惑でいかようにも審理を操作し、何が何でも被告を有罪、死刑に持ち込むことが可能な法律である。 [2] 米国の人権団体 Center for Constitutional Rightsは2月の声明[3]で、特別軍事法廷について「これ以上道徳的に不埒なシステムを想像することは困難である」と語った。同感だ。

 アムネスティ・インターナショナル[4]も主張しているように、グアンタナモなどの被拘禁者は、明確な犯罪嫌疑があるなら正当な独立した裁判所で裁かれるか、さもなければ拘束を解かれなければならない。拷問[5]の結果、嘘を話した語っているハリド・シェイク・モハメド氏らの供述[4][6]を証拠とすることは認められない。ブッシュ米大統領は今すぐ特別軍事法廷を廃止すべきである。

 2006特別軍事法廷法の著しく反人権的な内容については、拙稿[2]で解説している。本稿ではさらに、2人の被告の例と尋問テープの破棄問題などを紹介しながら、死刑を求刑している今回の起訴の不当性を訴えたい。


1.2人の息子を人質に取られた“911実行首謀者”とされるハリド・シェイク・モハメド氏

 米国による「テロとの戦い」では子供までもが拘束され、虐待を受けている。このことを知る者は少なくないかもしれない。しかし、今回起訴された6人の中に自分の息子を拘禁、虐待された被疑者がいること、さらに、その被疑者が911テロを実行面で首謀したとされる人物であるという、これら点と点を結びつけている人はあまりいないのではないか。その人物がハリド・シェイク・モハメド(Khalid Sheikh Mohammed)氏だ。

 2007年6月、アムネスティ・インターナショナル、ケージプリゾナーズ、センター・フォー・コンスティテューショナル・ライツ(CCR)、ニューヨーク大学ロースクール人権とグローバル正義センター、ヒューマンライツ・ウォッチ(HRW)およびリプリーヴの人権6団体は、「オフ・ザ・レコード(非公開):『テロとの戦い』の下の強制的失踪に対する米国の責任」を公表した。この報告書は、CIAによって「失踪」させられた被拘禁者39人の情報を詳述している。[7][8]

 その中で、ハリド・シェイク・モハメドの息子たちの拘禁の経緯も語られている。2002年9月、ハリド・シェイク・モハメドの2人の子供、Yusuf al-Khalid(当時9歳)とAbed al-Khalid(当時7歳)がパキスタンの治安部隊に拘束された。一方、2003年3月5日には、Mohammed Khan が、パキスタンのカラチで当局に拘束され、約1ヶ月拘禁された。その妻と満1ヶ月になる娘も同時に拘束され、1週間の拘禁を受けた。Mohammed Khan の兄弟であるMajid Khanも同時に拘束され、その後グアンタナモ収容所に移されている。[8]

 2007年4月16日、MohammedとMajidの父親であるAli Khanは、Majid Khanのグアンタナモ収容所における戦闘員資格審査法廷(CSRT)審問の証人として、文書で次のような証言をしている。「MohammedとMajidは同じ場所に拘束され、そこにハリド・シェイク・モハメドの若い2人の子供もいた。年齢は約6歳と8歳だった。パキスタンの看守は、その2人の子供は上階の別々の場所に拘禁され、看守からは食料と水を与えられなかったと、私の息子に語った。看守たちは精神的な虐待も2人の子供に行い、足に蟻その他の生き物を這わせて脅し、父の隠れ場所を吐くよう強制した」。[9]

 2003年3月9日付けのテレグラフ紙によれば、アフガニスタンのバグラム米軍基地で睡眠剥奪などの手法で尋問されていたハリド・シェイク・モハメドは、息子たちの拘束を知らされていた。CIA当局者は、「息子たちは彼にとって大事だ。息子たちを釈放し、パキスタンに帰すと約束すれば、口を開かせる心理的なテコになる」と同紙に語った。この時点で、息子たちはパキスタンからアメリカに移送される予定であった。[10]

 ハリド・シェイク・モハメドも、グアンタナモ収容所でのCSRT審問で、「当局は息子たちを故意に拘束した。彼らは子供だ。4ヶ月間拘束され、虐待を受けた」と証言している。[6]

 要するにハリド・シェイク・モハメドは息子を人質を取られ、自身も拷問を受け、二重の手段で自白を強要されていた可能性が極めて高い。このような尋問で得られた「証拠」を法廷で採用することは断じて容認できない。


2.拘束後に設立されたブラザ・バンクも標的に――CSRTでのハリド・シェイク・モハメドの供述

 2007年3月、被拘禁者らに対するCSRT審問の記録の一部が公開された。ハリド・シェイク・モハメドの供述もその中に含まれる。[6]

 審問記録によれば、ハリド・シェイク・モハメドは、特許のクレーム文よろしく、「911作戦の何から何にまで責任があった(“I was responsible for the 9/11 operation, from A to Z.”)」と「告白」した。「告白」は、本人ではなく、代理人が読み上げる形で執り行われた。

 ハリド・シェイク・モハメドが関与を認めたとされる既遂・未遂のテロ計画は30以上にも及ぶ。1993年の世界貿易センタービル爆破事件から、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世、カーター、クリントン両元大統領の暗殺計画まで含み、米当局すらハリド・シェイク・モハメドの関与を否定している計画が多い。 [11]

 ハリド・シェイク・モハメドはワシントン州のプラザ・バンク(Plaza Bank)も標的にしていたという。しかし、プラザ・バンクの公式サイト[12]によれば、同バンクの設立は2006年初頭であり、ハリド・シェイク・モハメドが拘束された2003年3月の3年後ということになる。拘束後に知り得た情報に基づく誇張である可能性がないとはいえないが、拘禁施設にいた彼が一体どのようにしてプラザ・バンクの存在を知ったのか。

 地元メディアのSeattle Post-Intelligencerも、2006年以前にそのような名称の銀行は開業していないと報じている。911独立調査委員会は2004年、ハリド・シェイク・モハメドは「カリフォルニアとワシントンの一番高いビル」に対する攻撃を計画していたと結論付けている。ワシントン州で一番高いビルは Columbia Center in Seattleである。[13]

 このように、ハリド・シェイク・モハメドの供述は信頼できない。本人自身も、CIAによる拷問の結果、嘘の供述をしたと語っている。 [4] 審問記録からは拷問内容に関する部分その他が削除されており、特別軍事法廷の実際の審理でも同じ事態が想像される。特別軍事法廷における正常な審理は不可能である。


3.モハメド・アルカタニ氏が受けた拷問

 モハメド・アルカタニ(Mohammed al Qahtani)氏も今回起訴された1人である。アルカタニ氏はドナルド・ラムズフェルド前国防長官[14]が認めた‘First Special Interrogation Plan’による拷問を受けた。詳細な尋問記録[15]から、Center for Constitutional Rightsがまとめた拷問のリスト[3]が以下である。


・殴打
・1回につき何ヶ月間にも渡る、過酷な睡眠剥奪と20時間に及ぶ尋問の組み合わせ
・拷問を科す他の国々へ移送するという脅迫
・女性を含む家族に対する明白な脅迫
・時に女性所員を前にさせた裸での所持品検査、身体検査および裸になることの強制
・性的辱め
・犬の吠え真似や仮面を付けてのダンスの強制、および“ブタ”と呼ばれながら手錠を掛けられた手でごみの山を拾わさられることによる辱め
・長期間およびラマダン期間中に渡る祈りの禁止を含む宗教的実践の権利の剥奪
・目前でコーランを汚すという脅迫
・犬をけしかけての攻撃
・尋問中における医療スタッフによる頻繁な点滴の強制投与
・長時間に及ぶ激しいストレスの掛かる姿勢の強制
・再三再四に渡る、何ヶ月間もあるいは昼夜に及ぶ狭い場所での監禁
・長時間に及ぶ低温への暴露
・長時間に及ぶ大音量への暴露
・最低160日間に渡る過酷な隔離


 このような明々白々な拷問によって得られた供述を裁判で採用することなどあってはならない。当たり前の話だ。


4.CIAによる尋問ビデオの破棄と911真相究明に対する妨害

 CIAは、「アルカイダ」のメンバーとされる人物に対する厳しい尋問の様子を撮影した複数のビデオテープを2005年に破棄していた。マイケル・ヘイデン CIA長官が自ら、2007年12月に認めている。米議会は2005年当時、グアンタナモ収容所で被拘禁者に対して拷問が行われていたかどうかの調査を行っていた。そのため、尋問テープの破棄は、拷問の証拠を隠蔽するためではないかとの見方がある。[16]

 ところが、911独立調査委員会の共同委員長を務めたリー・ハミルトン氏とトーマス・キーン氏は、「今回の件の発覚は、CIAが委員会の調査妨害を積極的に行っていたことを示すものだ」と述べた。同委員会は2003年と2004年、アルカイダ・メンバーの尋問の詳細情報をCIAに要求していたが、ビデオの存在を一切知らされていなかったという。[17]

 独立調査委員会のエグゼクティブ・ディレクターを務めたフィリップ・ゼリコー氏も、調査委員会が、尋問内容などについて「非常に詳細な情報」を求めたが、「これらの質問に対する(CIAの)回答に委員会は満足しなかった」と語った。[17]

 ただしCIAは、「(独立調査委員会に)多大な支援を提供した」「CIAは委員会が書類でもインタビューでも入手できるよう100%協力した。委員会はテープだって要求できたはず。委員会の調査中はテープは破棄されていなかったのだから」と主張している。[17]

 情報の隠蔽は、これまでのCSRT審問でも明らかになっているし、軍事委員会法でも許容されている。もしも911被疑者とされる人物が死刑に処せられるなら、911テロの真相を究明する上で究極の証拠隠滅になる可能性がある。

 今回の起訴は、個人の権利と生命、司法システムに対する攻撃という側面に留まらず、そのような観点からも絶対に認めるわけにはいかない。

References

[1] 9.11テロ犯6人を起訴、死刑を求刑する構え, 2008年02月12日
http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2349595/2629652
[2] 対テロ戦争体制を完成させる2006特別軍事法廷法
http://unitingforpeace.seesaa.net/article/89029754.html
[3] CCR challenges validity of military commissions and use of torture evidence in new death penalty cases
http://ccrjustice.org/newsroom/press-releases/ccr-challenges-validity-military-comissions-and-use-torture-evidence-new-dea
[4] すべての拷問の容疑は、調査されるべき
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=274
[5] CIA長官、アルカイダ容疑者への「水責め」認める, 2008年02月06日
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2346882/2603472
[6] U.S. Department of Defense, Khalid Shaykh Muhammad, Transcript of CSRT (KSM) Hearing http://www.defenselink.mil/news/Combatant_Tribunals.html
[7] 「オフ・ザ・レコード(非公開)」〜CIAによって「失踪」させられた被拘禁者39人を公開
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=309
[8] USA: Off the Record. U.S. Responsibility for Enforced Disappearances in the "War on Terror"
http://www.amnesty.org/en/library/asset/AMR51/093/2007/5e63853b-a2d0-11dc-8d74-6f45f39984e5/amr510932007en.html
[9] Statement of Ali Khan, Apr. 16, 2007
http://ccrjustice.org/files/Ali%20Khan_Father%20of%20Majid%20Khan_Statement%20from%20CSRT.pdf
[10] CIA holds young sons of captured al-Qa'eda chief, 09/03/2003
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=%2Fnews%2F2003%2F03%2F09%2Fwalqa09.xml
[11] Two Senators Secretly Flew to Cuba for Alleged 9/11 Mastermind's Hearing, March 16, 2007
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/03/15/AR2007031500865.html
[12] Plaza Bank
http://www.plazabankwa.com/about.asp
[13] State bank on 9/11 terrorists' hit list, March 15, 2007
http://seattlepi.nwsource.com/national/307571_terror15.html
[14] Donald Rumsfeld's Approval Interrogation Methods
http://ccrjustice.org/files/AlQahtani_RumsfeldApproval.pdf
[15] Interrogation Log, Mohammed al Qahtani
http://ccrjustice.org/files/AlQahtani_InterrogationLog.pdf
[16] CIA長官、尋問テープ破棄問題で上院委員会へ, 2007年12月13日
http://www.afpbb.com/article/politics/2324879/2450059
[17] CIA尋問ビデオ隠し、同時多発テロ調査も妨害か, 2007年12月23日
http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2329050/2473888

太田光征
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