2008年03月10日

対テロ戦争体制を完成させる2006特別軍事法廷法

ブッシュ米大統領は「テロとの戦い」を開始直後の2001年11月、軍事指令で軍事法廷の設置を命令した。それを受け、アフガニスタンで拘束されたイエメン国籍のサリム・アームド・ハムダン氏が2004年7月、この軍事法廷での審理に掛けられることになった。それに対抗してハムダン氏はラムズフェルド前国防長官を提訴。 2006年6月、この裁判の最高裁判決で、軍事法廷が米国法とジュネーブ条約に違反すると断罪された。そこでブッシュ政権が議会に新しい法案の形で成立させたのが、2006特別軍事法廷法(Military Commissions Act of 2006)である。[1][2][3]

米当局が運営するグアンタナモ収容所などの拘禁施設の問題については、アムネステイ・インターナショナルなどの人権団体が当初から精力的に取り組んできた。[4]

2006特別軍事法廷法の反人権的な問題点を批判したまとまった日本語文献は、ネット上ではアムネスティ[5]と自由法曹団[6]によるものくらいしか目に付かない。以下、注意を喚起するために、同法の問題点を詳しく指摘しておきたい。( )内の英数字は法律原文中のセクションを示す。

米当局は2月にも、グアンタナモ収容所に拘禁されている911テロの被疑者とされる6人を特別軍事法廷に起訴し、死刑を求刑している。[7]


1. 広範な「違法敵性戦闘員」の定義(§ 948a)

「違法敵性戦闘員(unlawful enemy combatant)」の定義は、「米国に対する敵対行為を行った者、またはそれを意図的かつ物質的に支援した者で、合法敵性戦闘員でない者」とした。このため、通常のテロ行為以外の反米活動一般をも裁くことが可能であると解釈できる。

2. 外国人差別を宣言(§ 948b)

特別軍事法廷が裁く対象は「外国人の違法敵性戦闘員(alien unlawful enemy combatant)」と明記してあり、外国人に対する差別的扱いを宣言するものとなった。

3. 軍法会議の水準にも満たない(§ 948b)

一般的な軍法会議の裁判手続き[8][9]では認められているものの、特別軍事法廷において被疑者は(長期拘留を避けるための)迅速な裁判を受ける権利、審理前の尋問で弁護士をつける権利を剥奪された。また、自白の強制とその供述を裁判で証拠として採用することの禁止が解除された。

さらに、審理前に、犯罪容疑に関する供述をする義務が無いこと、および審理前の発言が裁判で被告に不利な証拠として採用される可能性があることを被疑者に通告せずに尋問することを禁じた規定も適用されない。

厚顔にも、特別軍事法廷を、ジュネーブ条約共通第3条[10]が規定する「正規に構成された裁判所で文明国民が不可欠と認めるすべての裁判上の保障を与える」ものと表現している。

しかしその直後で、外国人の違法敵性戦闘員がジュネーブ条約を根拠に権利を訴えることを明確に排斥した。

4. 機密報告書を議会に提出(§ 948e)

審理の報告書を議会に毎年提出するとしたが、機密扱い書類の添付を可能にした。これでは正当性が検証できない。

5. 軍人だけで判事、検事、陪審を構成可能

法廷の召集権は国防長官またはそれが指名する者が持つ。(§ 948h)

陪審員は現役の軍人が務め、法廷召集権者が選任する。(§ 948i)

判事も軍人が務め、国防長官が規定した規則に基づき、各法廷に一人だけ選任される。判事は、その者が所属する軍隊の法務総監の認可があれば、その他の任務を執り行うことも可能としており、権利が限定されていない。(§ 948j)

国防長官が検事と被告側の軍人弁護人を選任する際の規則、およびそれら選任する者に関する規則を規定する。検事は軍法務官であるか、または国防長官が規定した規則に従って執務する能力のある民間法曹人。被告側の弁護人も軍法務官が務める。(§ 948k)

6. 拷問による供述の容認(§ 948r)

2005被拘禁者処遇法(Detainee Treatment Act of 2005)[11]が制定される前に得られた供述の場合、判事が、「全体の状況からして供述が信頼でき、かつ真相究明に十分資すると判断し、その供述を証拠として採用することが最大限正義のためになる」と判断すれば、強制性の程度に疑義が呈されている供述でも採用することができる。

2005被拘禁者処遇法が制定された後で得られた供述の場合、同法の第1003節で禁止された残酷な、非人間的な、または品位を傷つける処遇に当たらない限り、採用できるとした。

グアンタナモ収容所などに拘禁されている者の多くは2005年以前に拘束された。[12] したがって、§948rの(a)と(b)で、自己に不利となる証言を要求されないこと、拷問により得られた供述は認められないことを規定しているが、何の意味もない。

そもそも、拷問の確定的な定義がないという立場が取られているという問題もある。特別軍事法廷のマニュアルには次のように記されている。

「供述が信頼できるかどうか、またその供述の採用が正義に適っているかどうかを評価する際、判事は、強制の嫌疑に関する事実と状況を含むあらゆる関連状況を考慮し、さらにまた、他の証拠が、供述の信頼性を確証し得るものか、またはその信頼性に疑問を投げかけるものかどうかを考慮することができる」[13]

司法省は、虐待が発生する状況に応じた「虐待のスライド制」が憲法上許されると考えているという。[14] 最高裁も、「良心に衝撃をもたらす」行為は禁じられるが、「ある状況で衝撃を与えても、別の状況では明らかにひどいとはいえない」行為もあり、したがって「権力の乱用を良心に衝撃をもたらすものと断罪する前に、状況の正確な分析が必要である」との判決を出している。[15] マニュアルはこうした考え方を踏襲している可能性がある。

国防省は、モハメド・アルカタニ氏に対する拷問[16]も拷問に値しないと考えている。[17] では一体何が拷問に当たるのだろうか。

米当局をよそに、国連人権委員会は2006年2月、グアンタナモ収容所における尋問手法が国連の拷問等禁止条約に違反していると断言し、グアンタナモ収容所の閉鎖を勧告する報告書を発表している。[18]

7. 風聞による証拠の容認(§ 949a)

証拠の「構成要素と態様(elements and modes)」を含む審理手続きに関する規則は、本法に違反しない限り、国防長官が決定できるとした。この規定により、国防長官はいつでも審理に介入することができる。

国防長官が審理手続きおよび証拠に関する規則を規定するにあたり、「証拠が捜索令状またはその他の認可に基づかないという理由」で排除されてはならない、と定めることができる。

さらに、「§ 948rの規定に見合う限り、強制ないし自白の強要の疑いを理由に被告の供述を排除してはならない」とする規則も可能にした。

証拠については、判事が証拠に当たると判断するに「十分な根拠」があると決定し、陪審員に証拠の信憑性の程度を検討してもよいと説明する限り、信憑性があるとして採用すべきとした。証拠採用に当たっての陪審員による投票義務は特に定めていない。「客観的な根拠」が必要だとも書いていない。

風聞による証拠も採用することができ、その公開は949j(c) で規定された機密情報の公開に適用される要件を満たす必要がある。風聞の根拠さえも機密情報を盾に非公開にできるなら、どのようなでっち上げも可能になる。

実際、特別軍事法廷のマニュアルには、「被告の口頭による自白ないし承認は、それを聞いた者の証言によって証明され得る。たとえその証言が書面に落とし込まれたもので、かつ書面の説明責任が果たされなくてもである」と明記してある。[19]

9. 被告の監視役としての軍人弁護士(§ 949c)

被告は雇うことができる限り、民間弁護人をつけることができる。ただしその際、選任された軍人の弁護人が陪席弁護人を務めなければならない。あくまで軍人の監視役を被告につけるためであると思われる。

被告側の民間弁護人は懲戒処分を受けておらず、かつ機密情報にアクセスする資格のある者とした。機密情報を入手資格のない者に漏らしてはいけない規定も設けている。政府に批判的な民間弁護人を排除する仕掛けといえる。

被告は軍人弁護人を一人しか付けることができない。ただし、§ 948kの規定に基づき、弁護人を選任する権限のある者が、その単独裁量によって追加の軍人弁護人を被告に付けることはできる。しかし、その選任者に関する規定は国防長官が定めるのであるから、被告の権利を擁護する規定にはなり得ないだろう。

10. 審理の非公開・機密情報の公開免除特権(§ 949d)

判事は、判事裁定事案について、それが陪審員による後の検討または決定にとって適切な事案であるかどうかを裁定するために、陪審員を同席させずに開廷することができる。この規定により、被告に不利な審理運営を画策することが容易になった。

判事は、諜報機関または法執行機関の情報源、手法および活動を含む情報の公開により、国家安全保障に危害を及ぼすと判断すれば、審理の全てまたは一部を非公開にすることができる。

機密情報は、その公開により国家安全保障に危害を及ぼすと判断される場合、公開免除の特権扱いを受ける。この特権を主張できるのは、大統領、国防省または関係部局の長とした。これらの特権保有者は、その代理人、証人および検事に同様の特権を主張させることもできる。

判事は、検事の動議に基づき、証拠が信頼に足ると判断すれば、その証拠を入手した際の情報源、手法および活動に関する機密情報を非公開にした上で、それ以外の公開可能な証拠の提出を検事に許可できる。

判事は、実行可能で国家安全保障に適う限りにおいて、それらの情報源、手法および活動に関する情報の機密解除された要約を被告側に提出するよう、検事に対して要求することができる。

証人尋問において検事は、機密情報の開示を要求するあらゆる質問、「質問の流れ(line of inquiry)」または証拠を求める動議に異議申し立てができるとした。

機密特権の申し立てと、それを根拠付けるために提出される資料は、政府が要求すれば、判事の私室で検討され、被告には公開されない。

11. 被告に対する情報制限(§ 949o)

被告には審理記録のコピーが渡されるが、機密情報を含む場合は、§949dの規定に従って再編集された版しか提供されない。被告側弁護人は未編集の記録を閲覧できるが、国防長官が規定する規則に従う。

12. 法律瑕疵の免責特権(§ 950a)

特別軍事法廷での事実認定ないし判決は、法律の瑕疵が被告の重要な権利を著しく損なわない限り、その瑕疵を理由に間違いと見なされることはない。

13. 召集権者(米国)主導の審理

召集権者が、事実認定と判決を承認しない場合、不承認の理由を述べれば、再尋問を命令することが可能とした。この規定で、召集権者は被告を有罪に持ち込むまで何度でも審理を繰り返すことができる。(§ 950b)

再尋問を行う場合、最初の審理における嫌疑に関する無罪判決を覆すことはできないが、最初の審理で考慮されなかった犯罪については、新たな有罪判決を出せるとした。(§ 950e)

米国は、審理打ち切り、重要証拠の排除、審理の公開、被告の法廷からの排除、機密情報の扱い、証人尋問・証拠開示に関する判事の命令または裁定について、判決前に、特別軍事再審法廷(Court of Military Commission Review)に抗告することができる。再審法廷は法律問題に関してのみ裁定を下す。被告には、判決前のこのような抗告権は与えられていない。(§ 950d)

14. 事実認定を争えない控訴審

特別軍事法廷での最終決定に有罪の事実認定が含まれる場合、召集権者は事件を特別軍事再審法廷(Court of Military Commission Review)に付託する。(§ 950c)

特別軍事再審法廷の設置と判事の指名は国防長官が行う。再審法廷は、事実認定と判決に関して被告からの申し立てを受理することができるが、その法律問題についてしか再審理しない。(§ 950f)

再審法廷の決定に被告が不服である場合、連邦コロンビア特別区巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the District of Columbia Circuit)に上告することができる。ただし控訴裁判所の裁判権は、特別軍事再審法廷による最終決定が、特別軍事法廷法で規定された標準および手続き、さらに適用可能な程度において、米国憲法および法律に見合うかどうかの検討に限定される。(§ 950g)

控訴審での弁護人を指名するための手続きは国防長官が定める。(§ 950h)

このように、事実認定に関する被告の控訴権を完全に封じ込めた。

15. 絶対的管轄権(§ 950j)

特別軍事法廷の訴訟手続きを定める命令は、大統領が定める場合を除き、全ての裁判所、政府部局、公務員を拘束する。特別軍事法廷法が定める場合を除き、いかなる裁判所も同法廷手続きの合法性に対する異議申し立てを受理できない

16. 無形サービス・共謀罪も処罰対象(§ 950v)

国際テロリスト団体に「物質的支援または資源」を提供することも処罰されるが、「物質的支援または資源」には、有形無形の「サービス」も含まれる。

米国に危害を加える意図で、秘密裏に情報を収集し、米国の敵に伝達する者は、死刑または特別軍事法廷が指定する刑罰に処するとした。

共謀罪も適用可能。

17. ジュネーブ条約の無視

何人もジュネーブ条約を根拠に人身保護令状その他の申し立てを米国の裁判所にすることができない。(SEC. 5)

ジュネーブ条約共通第3条が定める国際的性質を有しない紛争における禁止行為を米国の裁判所が解釈する基準として、外国の法律と国際法を排除した。(SEC. 6)

大統領は、ジュネーブ条約上の意味を解釈し、適用する権限、さらに、条約義務のうち「重大でない違反」についての行政規則を公布する権限を持つ。(SEC. 6)

18. 人身保護令状を申し立てる権利ほか、拘禁に関するあらゆる異議申し立ての権利を剥奪(SEC. 7)

2005被拘禁者処遇法でも、すでに拘禁されているか、コロンビア特別区巡回区控訴裁判所で敵性戦闘員と認定された外国人による人身保護令状の申し立てが認められなかった。特別軍事法廷法ではさらに、敵性戦闘員の審査を待つ外国人からも人身保護令状の申し立て権利を奪うように、2005被拘禁者処遇法を修正した。

被拘禁者処遇法でも人身保護令状の申し立て以外の拘禁に関するすべての訴えを禁じていたが、特別軍事法廷法では念を入れ、「拘禁」「移送」「処遇」「裁判」「監禁状況」といった項目を明示して、過去に拘禁されていた者からも、拘禁に関するあらゆる異議申し立てを封じ込めた。

米国憲法には「人身保護令状の特権は、反乱または侵略に際し公共の安全上必要とされる場合のほか、これを停止してはならない」と規定されており、特別軍事法廷法は憲法から著しく乖離している。

References

[1] United States Department of Defense, Military Commissions
http://www.defenselink.mil/news/commissions.html
[2] Military Commissions Act of 2006
http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=109_cong_public_laws&docid=f:publ366.109
[3] 米国の「テロとの戦い」による人権侵害とアムネスティ
http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=761
[4] グアンタナモや「レンディション」に関するアムネスティ・ニュースリリース一覧
http://www.amnesty.or.jp/search.php?query=%A5%B0%A5%A2%A5%F3%A5%BF%A5%CA%A5%E2&mid=41&action=showall&andor=AND
[5] 国際法を無視した「軍事法廷」設置の問題点
http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=763
[6] 愛国者法体制を追認するMilitary Commissions Act(軍事委員会法)の成立
http://www.jlaf.jp/tsushin/2006/1218.html#05
[7] 9.11テロ犯6人を起訴、死刑を求刑する構え, 2008年02月12日
http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2349595/2629652
[8] UNIFORM CODE OF MILITARY JUSTICE, Sec. 810. Art. 10. Restraint of persons charged with offenses
http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=browse_usc&docid=Cite:+10USC810
[9] UNIFORM CODE OF MILITARY JUSTICE, Sec. 831. Art. 31. Compulsory self-incrimination prohibited
http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=browse_usc&docid=Cite:+10USC831
[10] ジュネーブ条約
http://www.itoh.org/kagurazaka/lib.html
[11] See SEC. 1001: DEPARTMENT OF DEFENSE, EMERGENCY SUPPLEMENTAL APPROPRIATIONS TO ADDRESS HURRICANES IN THE GULF OF MEXICO, AND PANDEMIC INFLUENZA ACT, 2006
http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=109_cong_public_laws&docid=f:publ148.109
[12] Justice delayed and justice denied? Trials under the Military Commissions Act
http://www.amnesty.org/en/library/asset/AMR51/044/2007/en/06e37edc-a2cd-11dc-8d74-6f45f39984e5/amr510442007en.html
[13] Manual for Military Commissions, Military Commissions Rules of Evidence 304 (c)(2), Discussion.
http://www.defenselink.mil/news/commissionsmanual.html
[14] Detainee abuse charges feared. Washington Post, 28 July 2006.
[15] Rochin v. California 342 U.S. 165 (1952) and Sacramento v. Lewis (1998).
[16] CCR challenges validity of military commissions and use of torture evidence in new death penalty cases
http://ccrjustice.org/newsroom/press-releases/ccr-challenges-validity-military-comissions-and-use-torture-evidence-new-dea
[17] Guantanamo provides valuable intelligence information, US Department of Defense News Release, 12 June 2005
http://www.defenselink.mil/Releases/Release.aspx?ReleaseID=8583.
[18] 国連によるグアンタナモ拘禁施設の閉鎖要求を歓迎する
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=102
[19] Manual for Military Commissions, Military Commissions Rules of Evidence 304(g).
http://www.defenselink.mil/news/commissionsmanual.html

太田光征
http://otasa.net/


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