2007年09月04日

増田都子先生の近現代史 第3回 『日本帝国憲法と日清戦争』感想

皆様

2007年8月25日、あびこ平和ネット主催、全15回のシリーズ企画、増田都子先生の社会科授業「近現代史の真実を知ろう」第3回 『日本帝国憲法と日清戦争』に参加しました。

まず、前回の復習から始まり、年表の穴埋めをもとに、授業は進みます。

以下新しく知ったこと。
-1889年、天皇が大日本帝国憲法を国民ではなく臣民に下し与える。

-憲法発布を祝う人々。だが誰も憲法の内容は知らされず。

-同年、中江兆民「一読、苦笑あるのみ」「わが国民の愚にして狂なる」

-天皇が国を統治。第1条、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」統治権の総らん。軍隊の最高指揮権。3条「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」天皇を批判すれば不敬罪。

-一応三権分立。衆議院と貴族院の帝国議会は天皇の下。貴族院議員は非選、皇族華族、教授や官吏、多額納税者等で天皇が任命。

-インドのネルー『父が子に語る世界歴史』より「まがいものではあるが議会があるのに、他方では神聖な天皇に対する中世的な崇拝の風習が普及させられた。それは奇妙なとりあわせだ。」

-選挙人、被選挙人ともに15円の国税を納めた男子に限られた。1890年、第1回
衆議院総選挙。立憲派の民党側が171名、吏党側が129名。内閣不信任決議を可決。

-1892年、第2回総選挙では自由民権派を潰す官警の選挙干渉。弾圧、暴動で死者25名、負傷者388名。

-国民の権利、第29条「日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ...自由ヲ有ス」
政府の都合により左右される。例、治安維持法下での自由。

-1890年教育勅語発布。1894年小学修身經という尋常科の修身教科書の始まりは「てんしさまをたふとむべし」。その後、父母への孝行等が述べられた後、最後は「くにのためにはみをもわすれよ」。恐るべし、忠君愛国。

(こうして法的にも、教育現場においても、思想統制の側面からも、派兵そして戦争ができる国家はつくれるのだなぁ。まさに草の根の軍国主義。あらがうべし。)

-1894年、朝鮮で「斥倭洋」を掲げた東学農民戦争。東学とは、西洋の宗教、西学=キリスト教に対して、東洋の民間信仰を取り入れた宗教。

-和解と見せかけ、裏で民衆を統制しようとした朝鮮政府に依頼された清国と出兵したい明治政府の間で緊張が高まる。

-同年、日本人保護をプロパガンダとして、明治天皇派兵決定の勅語「同国寄留我国民のため兵隊を派遣」。天皇が戦争を指導する本部、大本営を広島は宇品へ移す。

-派兵の背景には、日英新通商航海条約で治外法権の撤廃に自信をつけた政府に、内閣弾劾を議決した議会や世論の目くらましパフォーマンスの意図があった。それを裏付ける陸奥外相の手紙。

(何とも似ている今のご時世。)

-同年、日本軍、朝鮮国王を捕獲、国王を脅し、「朝鮮国王から清兵の撃退を頼まれた」として、豊島沖で清軍鑑を攻撃。日清両国、宣戦布告。

-同年日本軍勝利。旅順虐殺事件。2000人の虐殺を陸奥外相揉み消す。

-翌年1895年、遼東半島と台湾割譲、三億円賠償金等を定めた下関講話条約。暴漢が清側交渉人、李鴻章を刺す。

-権益確保のためロシアを筆頭に露独仏の三国干渉。遼東半島返還。

-明治天皇の言葉「遠からず朝鮮か又はどこからかと再び戦う時期がくるであろうから、そのときに遼東半島をとってもよいだろう」

-同年、台湾民主国宣言「わが台民敵に仕うるよりは死することを決す」日本軍弾圧、台湾平定。26000人の台湾側死者。

-賠償金は国家予算の3年分。その5.5%を天皇の財産に。一般会計に占める軍事費の割合、1888年は28%、1904年は82%、只今は1%枠。

●授業後30分かけて皆で丁寧に読み合わせた紙上討論。

次回紙上討論テーマは「第2回紙上討論への意見等」です。

●皆さんの意見に対して●
1の意見、「過去の政策に対して「賛成、反対」と言えないこと...そのあやふやな部分にこそ、現代に私たちが、より良い歴史を築いていくための『のびしろ』がある」。
成程。では、戦後、昭和天皇の戦争責任をあやふやにした日本のあり方。その部分を知り、考えていくことは大切かと思います。

2の意見、「富国強兵・殖産興業政策は...『産みの苦しみ』という表現は不快です。」

成程。わかりやすく、ワンフレーズで、美文調のプロパガンダや言説には要注意ですね。

自立支援とか。
沖縄の負担軽減とか。
イラクの自由化。
復興支援。
国際協力。

国際協調。
安全保障。
国を愛する態度。

行政が政策を進めていく上でわかりやすく説明する必要があって、勿論良い政策もある。けれど、隠したりあやふやににごしたりすることもある。意図的でなくても、意図していても。

特に宝である命を殺したり、傷つけたり、制限したり、負担を強いないと進められない政策には、正当化が必要になる。

そういう時に「ん?」と感じる感覚、直感。気づきを共有して、学び合うこと。そして、疑問を発し意見を述べること。それが代議制で政治を厳粛に信託させている国民のすべきこと。

私は性格によるものか、常識や一般知識の教化によるものか、得てして鈍感な者です。だから、仲間の疑問や違和感、反論に気づかされることが有難いです。その意味でこの紙上討論のじっくりとした対話は貴重な時間です。

3の意見、アイヌや在日朝鮮韓国人、沖縄の人、「この人たちが本当に好きになれる日本とはいったいどういう社会だろうか?」

私も考え続けている視点です。優等生を演じている子、演じてきた子、自殺をする子、劣等感を抱く大人、事実を事実として認識できない人、そして私も含めて、個々それぞれ、個別です。
やはり、できることは、耳を傾け、身を傾け、何を言いたいのか、何が苦しいのか知り合うことでしょうか。

ののしるのではなく、言葉こそ非暴力で。

先日、クリスチャンである私の母が、聖書を引用して心の非暴力を私達兄弟に語りました。
曰く、食べ物は排泄できるけれど、人の言葉はたまることがある、と。

辺野古の人々が防衛省施設局や海上保安庁沖縄支局等に意見を出す時に大切にしている、言葉の非暴力は、気をつけていきたい私の原則です。

アイヌの人の気持ちや主張に耳を傾けたいので、「労働者通信」編集委員会発行の労働者通信2007年7月20日号を引用。私達の学びにも関連することかと思います。

●引用●
『6.23〜24植樹祭反対闘争報告-反天皇制闘争と改憲阻止闘争の結合を-』
「戦前、天皇ヒロヒトを中心に日本帝国主義者は、国外では朝鮮・中国などのアジア人民を、国内では労働者解放のために闘った労働者・知識人そして被差別部落民、アイヌ民族、琉球民族を隷属・弾圧・虐殺してきた。戦後も、日本独占・支配の防波堤として労働者階級に隷属を強いてきた。現天皇アキヒトは、日本帝国主義の「戦争国家化」にむけ、国民統合イデオロギー装置として「現代の皇民化」を日本労働者・民衆に強いてきている。
『植樹祭』は、国民体育大会、海づくり大会とともに「現代の皇民化」の中心にある。私たち『改憲阻止・労働者市民行動』『ピリカ全国実札幌圏準備会』『米空母に反対する市民の会』の3団体は...のろしをあげた。
集会名称は「アイヌ民族と連帯し天皇『植樹祭』に反対する集会」。...
...「植樹祭」の開会式に「カムイノミ」を実施することでアイヌ民族に天皇への屈服を強要する帝国主義者に対し、「とんでもない、アイヌ民族を侮辱している」と民族の誇りをもって決起した...集会・デモに対しても150名ほどの公安警察が弾圧体制で待ちかまえていた。過剰なまでの天皇警備である。...天皇制の統合イデオロギーは物理的・心理的に様々な形で国民に絶えず浸透しており、多くの市民グループは直接対峙する闘いを回避している。確かに天皇制の歴史が人民弾圧・民衆虐殺の歴史であったことを思うと、市民グループも萎縮するのかもしれない。しかし、...北海道で反天皇制の闘いを強く推し進めるのが私たちの歴史的任務だと参加者が確信したことの意義は大きい。
また、「改憲阻止を主張している人たちがどうして天皇制と闘わないのだろう」と改憲阻止闘争と反天皇制の結合を集会で主張する若い学生...のように、現実の闘争の中で若い力が育ってきていることも確認できた。
私たちは...反帝国主義闘争としての改憲阻止闘争を闘い貫くことをあらためて決意したことを闘う仲間に報告します。
(改憲阻止・労働者市民行動)
藤井一生」
●引用終わり●

被害だけで歴史を語るのではなく、加害と被害の両方の真実を丸ごと知る必要があるかと思いました。

5自分自身への意見、「昭和天皇は戦争責任をとったことになっているのでしょうか?」
これは、とったことにはなっていない、が1つの答えかと思います。

それは先日みた映画『日本の青空』にもえがかれていました。再軍国主義化を恐れ天皇の処刑を要求していたオーストラリアなどの連合国に対し、マッカーサーは占領統治をうまくやりたい。幣原首相との会談で、そのことを伝えると、幣原は「非武装非戦を誓えばどうか」という趣旨で答え、マッカーサーはひどく感動した、という場面があった。

この曖昧な部分。増田先生、皆さん、どう向き合いますか?

最後に、第1回討論16の方の再発言を聞きたいです。

●増田先生へ●
増田先生より、真実を知る権利を学びました。
「グロテスクだから、見させてはならない」と主張するものは生徒たちの『真実を知る権利』を侵害するものだ、という考えに納得しました。

●今回の授業の感想、意見●
自分自身の意見を数週間後に自分の目と耳と口で、皆に合わせて読み直す。
とても貴重な体験でした。
紙上討論の紙が真っ黒になり、回を重ねるごとに、集中が深まり、自分の思考が面白くなっていることに気づかされました。

何といっても、授業後の爽快感。久しぶりの感覚です。

長くなりました。
どんな真実を知ることができるか、次回を楽しみにしています。

次回は9月22日(土)14時〜我孫子栄光教会、「日露戦争と」です。

皆様ぜひ、いらして下さい。

沖縄の辺野古や高江、山口の岩国、千葉の習志野、茨城の百里や霞ヶ浦など、各地で基地軍備強化に抵抗している人達のことを覚えて、

豊田義信
posted by 風の人 at 21:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 一般
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