2007年08月10日

「第1回アジア・太平洋水サミット」という国際会議が今年開催されることをご存知でしょうか?

みなさん

今年の12月3日、4日に大分県別府市で「第1回アジア・太平洋水サミット」なるもの
が開催されるということをご存知でしょうか? 主催は、国交省系NPOである「日本
水フォーラム」(会長:森喜朗)と世界水会議(水の多国籍企業と政府系のシンクタン
ク)。出資者には、アジア開発銀行(ADB)も名を連ねます。
http://www.waterforum.jp/summit/archives/200702/000084.php#more

同水サミットが開催される背景説明を少しだけ。
昨今、国際社会では「水」問題が注目されています。枯渇しつつある水資源と私たち
の暮らしのあり方を問い直すとともに、見え隠れするもう一つの動き。それは、「限ら
れた水資源を使って、いかに儲けるか」という、グローバルな巨大企業や開発援助
機関、「北」の政府側の思惑です。

彼らの進めるのは「水の商品化」や民営化の推進。水は商品でありサービスである
と規定し、WTOや自由化の動きの推進とともに、水事業に欧米系の巨大な多国籍
企業が参入を進めています。また、水のマネジメントの名の下にダム建設も推進さ
れようとしています。

注:年間3600億ドル規模ともいわれる世界の水道市場。いまその「水」がグローバ
ル水企業のビジネスチャンスの対象となり、世界中で水の民営化、商品化の動きが
加速しています。2002年に出された国連の「経済・文化・社会的権利委員会」の声明
は、「個人や地域が手ごろな価格で安全な飲み水を十分に確保することは人権の一
つであり、また、水は社会的・文化的な公共財でもある」と宣言しています。

これらの動きを推進してきたものの一つに、「世界水フォーラム」という国際会議が
あります。今回のアジア・太平洋水サミットは、その「世界水フォーラム」のアジア・太
平洋版。大分という地方での開催ということもあり、会議についての主催者側情報公
開は遅れており、市民参加の枠組みも、今のままでは主催側にとって都合の良い範
囲でしかありません。これら一連の動きに対し、NGOや市民社会、国際社会からは、
非常に強い批判が出ています。

さて、「アジア・太平洋諸国の首脳、各界のリーダーに、ミレニアム開発目標の達成
のためには、水問題の解決が重要であるということに気づいてもらうこと」(第1回ア
ジア・太平洋水サミット概要。下記HP参照)を目的とする同サミットが単にグローバ
ル水企業のブローカーの役割しか果たさないとすれば、何のための水サミットか、と
いうことに当然なるでしょう。私たち市民が心ならずも「先進国」・行政とグローバル
水企業の手先と化すようであっては、アジア・太平洋諸国の市民、国際社会からの
非難も免れ難いでしょう。
http://www.waterforum.jp/jpn/summit/archive/documents/070619SC_1stAPWS_J.pdf

どうか、みなさん。
今年の12月の3日、4日に大分県別府市で開かれる「第1回アジア・太平洋水サミ
ット」を注視してください。監視の目を強めてください。

現在の水サミット事務局(竹村公太郎日本水フォーラム事務局長)は、パンフレット
やウェブ上では「あなたも(サミットに)参加できます」「サミットにあなたの声を届け
よう」というキャッチコピーを仰々しく謳いながら、その実「市民の議論参加」「決定
事項への参画」の仕組み、プログラム等々はなんら計画していません。きわめて閉
鎖的、非民主的な運営方法を採っています。

そうした中で、国内外でこのテーマについて活動している市民・NGOは、水サミット
の情報公開を進めさせ、水サミットへの市民・NGO側からの提言を進めるために、
同水サミットのプレ説明会の開催を求め、関東・関西・福岡会場で実現させました。

同説明会に参加した市民・NGOは、「市民参加」をキーワードに、その具体的な実
現を勝ち取ることを第一目標にして水サミット事務局と市民を巻き込んだディスカッ
ションの提起、議論のためのプレ・イベントの開催を再度(関東・関西エリアの説明
会参加者に続き)求めました。その結果、議論のためのプレ・イベントの開催につ
いて水サミット事務局長も前向きの姿勢を示しました。これは、市民とNGOがサミ
ットへの「市民参加」という理をもって同水サミット事務局と粘り強く交渉した成果だ
ろうと思っています。

下記は、先月7月29日に福岡市で開催された「アジア・太平洋水サミット(開催地:
大分県別府市)市民向け説明会in福岡」の議事録(要旨)です。
http://www.waterforum.jp/jpn/summit/archive/documents/cso/cso_fukuoka.pdf

同議事録中「去年の大分の説明会については知らなかった」云々のクエスチョンは
私の発言です。メモを手がかりに当日の私の発言を再現すれば、概ね次のように
なります。私たちが「市民参加」というキーワードをどのように活かして事務局と交渉
したか。ご参考のために以下に掲げます。

「大分から来た。去年12月に説明があったと言うが、私はこの説明会のことは知ら
なかった。私は大分でさまざまな市民活動に関わっているが、こうした問題に比較
的関心の高いと思われるNPOの仲間のほとんども水サミットが別府市であること
を知らなかった。敢えて言えば、県知事や市長など一部の一部しか知らない、と言
っても過言ではない。

さて、事務局長は、本水サミットの主目的は「『水問題の重要さ』について各国首脳
をはじめとする各界のリーダーに気づいてもらうこと」とおっしゃるのだが、いったい
誰が各界のリーダーに「気づかせる」のだろうか。「気づかせる」役割を果たすのは
市民ではないのか? また、ある国のリーダーが仮に「『水問題の重要さ』について
気づいた」として、その国全体の市民がこの問題に無関心ならばなんら問題は解決
しないだろう。トップダウンでは文化はよくならないことはもう知られている。市民とと
もに首脳の「気づき」があって、はじめてその国全体の「気づき」となる。そういう意
味でも、市民の多くが参加した上で、市民のトップとしてトップが気づく仕組みを作る
べきではないか?

事務局長はウェブ上で市民が意見を書き込むこと、ウェブ=市民参加みたいに言う
が、ウェブを使いこなせる人口はそう多くない。やはり生身の人間が参加できる仕組
みが必要。そうしてはじめて「市民参加」といえるのではないか。たしかにウェブでは
世界の人々が同時に議論に参加できる。ウェブにはそういう利点はある。しかし、な
んで世界各国の持ち回りでサミットを開くのか? サミット開催国の市民に「水問題
の重要さ」を理解してもらいたいからだろう。今回、日本で開催される以上、当事国
である日本の市民の視点も必要。その市民とは、生身の人間のことだ。そういう意
味でも、大分でこういう会議をもう一度開いてほしい。

オープンイベントも40ほどすでに登録されているとのことだが、太鼓演奏とか吹奏楽
とか本当の「イベント」が多く、議論する内容のイベントはほとんどないと思う。例えば
大分には湯布院があり、別府の奥座敷と言われている。大分の観光資源も使って、
みんな喜んで楽しく、さらに議論もする。そういう場をぜひ設定していただきたい」

附記:
サミット事務局作成の議事録は要旨だけということもさることながら、意図的な歪曲
と思われるものもあります。例えば最後から3番目のクエスチョンに「スポンサー制度
について、もし自分が1000万円寄附すれば、サミットで意見を言える場を与えられる
のか?」とありますが、この発言の趣旨は「寄付額に応じて会議出席権を与えるのは
おかしい」というもの。意図的な歪曲というべきでしょう。


東本高志@大分
taka.h77@basil.ocn.ne.jp

みなさん

今年の12月3日、4日に大分県別府市で「第1回アジア・太平洋水サミット」なるものが開催されるということをご存知でしょうか? 主催は、国交省系NPOである「日本水フォーラム」(会長:森喜朗)と世界水会議(水の多国籍企業と政府系のシンクタンク)。出資者には、アジア開発銀行(ADB)も名を連ねます。
http://www.waterforum.jp/summit/archives/200702/000084.php#more

同水サミットが開催される背景説明を少しだけ。
昨今、国際社会では「水」問題が注目されています。枯渇しつつある水資源と私たちの暮らしのあり方を問い直すとともに、見え隠れするもう一つの動き。それは、「限られた水資源を使って、いかに儲けるか」という、グローバルな巨大企業や開発援助機関、「北」の政府側の思惑です。

彼らの進めるのは「水の商品化」や民営化の推進。水は商品でありサービスであると規定し、WTOや自由化の動きの推進とともに、水事業に欧米系の巨大な多国籍企業が参入を進めています。また、水のマネジメントの名の下にダム建設も推進されようとしています。

注:年間3600億ドル規模ともいわれる世界の水道市場。いまその「水」がグローバル水企業のビジネスチャンスの対象となり、世界中で水の民営化、商品化の動きが加速しています。2002年に出された国連の「経済・文化・社会的権利委員会」の声明は、「個人や地域が手ごろな価格で安全な飲み水を十分に確保することは人権の一つであり、また、水は社会的・文化的な公共財でもある」と宣言しています。

これらの動きを推進してきたものの一つに、「世界水フォーラム」という国際会議があります。今回のアジア・太平洋水サミットは、その「世界水フォーラム」のアジア・太平洋版。大分という地方での開催ということもあり、会議についての主催者側情報公開は遅れており、市民参加の枠組みも、今のままでは主催側にとって都合の良い範囲でしかありません。これら一連の動きに対し、NGOや市民社会、国際社会からは、非常に強い批判が出ています。

さて、「アジア・太平洋諸国の首脳、各界のリーダーに、ミレニアム開発目標の達成のためには、水問題の解決が重要であるということに気づいてもらうこと」(第1回アジア・太平洋水サミット概要。下記HP参照)を目的とする同サミットが単にグローバル水企業のブローカーの役割しか果たさないとすれば、何のための水サミットか、ということに当然なるでしょう。私たち市民が心ならずも「先進国」・行政とグローバル水企業の手先と化すようであっては、アジア・太平洋諸国の市民、国際社会からの非難も免れ難いでしょう。
http://www.waterforum.jp/jpn/summit/archive/documents/070619SC_1stAPWS_J.pdf

どうか、みなさん。
今年の12月の3日、4日に大分県別府市で開かれる「第1回アジア・太平洋水サミット」を注視してください。監視の目を強めてください。

現在の水サミット事務局(竹村公太郎日本水フォーラム事務局長)は、パンフレットやウェブ上では「あなたも(サミットに)参加できます」「サミットにあなたの声を届けよう」というキャッチコピーを仰々しく謳いながら、その実「市民の議論参加」「決定事項への参画」の仕組み、プログラム等々はなんら計画していません。きわめて閉鎖的、非民主的な運営方法を採っています。

そうした中で、国内外でこのテーマについて活動している市民・NGOは、水サミットの情報公開を進めさせ、水サミットへの市民・NGO側からの提言を進めるために、同水サミットのプレ説明会の開催を求め、関東・関西・福岡会場で実現させました。

同説明会に参加した市民・NGOは、「市民参加」をキーワードに、その具体的な実現を勝ち取ることを第一目標にして水サミット事務局と市民を巻き込んだディスカッションの提起、議論のためのプレ・イベントの開催を再度(関東・関西エリアの説明会参加者に続き)求めました。その結果、議論のためのプレ・イベントの開催について水サミット事務局長も前向きの姿勢を示しました。これは、市民とNGOがサミットへの「市民参加」という理をもって同水サミット事務局と粘り強く交渉した成果だろうと思っています。

下記は、先月7月29日に福岡市で開催された「アジア・太平洋水サミット(開催地:大分県別府市)市民向け説明会in福岡」の議事録(要旨)です。

http://www.waterforum.jp/jpn/summit/archive/documents/cso/cso_fukuoka.pdf

同議事録中「去年の大分の説明会については知らなかった」云々のクエスチョンは私の発言です。メモを手がかりに当日の私の発言を再現すれば、概ね次のようになります。私たちが「市民参加」というキーワードをどのように活かして事務局と交渉したか。ご参考のために以下に掲げます。

「大分から来た。去年12月に説明があったと言うが、私はこの説明会のことは知らなかった。私は大分でさまざまな市民活動に関わっているが、こうした問題に比較的関心の高いと思われるNPOの仲間のほとんども水サミットが別府市であることを知らなかった。敢えて言えば、県知事や市長など一部の一部しか知らない、と言っても過言ではない。

さて、事務局長は、本水サミットの主目的は「『水問題の重要さ』について各国首脳をはじめとする各界のリーダーに気づいてもらうこと」とおっしゃるのだが、いったい誰が各界のリーダーに「気づかせる」のだろうか。「気づかせる」役割を果たすのは市民ではないのか? また、ある国のリーダーが仮に「『水問題の重要さ』について気づいた」として、その国全体の市民がこの問題に無関心ならばなんら問題は解決しないだろう。トップダウンでは文化はよくならないことはもう知られている。市民とともに首脳の「気づき」があって、はじめてその国全体の「気づき」となる。そういう意味でも、市民の多くが参加した上で、市民のトップとしてトップが気づく仕組みを作るべきではないか?

事務局長はウェブ上で市民が意見を書き込むこと、ウェブ=市民参加みたいに言うが、ウェブを使いこなせる人口はそう多くない。やはり生身の人間が参加できる仕組みが必要。そうしてはじめて「市民参加」といえるのではないか。たしかにウェブでは世界の人々が同時に議論に参加できる。ウェブにはそういう利点はある。しかし、なんで世界各国の持ち回りでサミットを開くのか? サミット開催国の市民に「水問題の重要さ」を理解してもらいたいからだろう。今回、日本で開催される以上、当事国である日本の市民の視点も必要。その市民とは、生身の人間のことだ。そういう意味でも、大分でこういう会議をもう一度開いてほしい。

オープンイベントも40ほどすでに登録されているとのことだが、太鼓演奏とか吹奏楽とか本当の「イベント」が多く、議論する内容のイベントはほとんどないと思う。例えば大分には湯布院があり、別府の奥座敷と言われている。大分の観光資源も使って、みんな喜んで楽しく、さらに議論もする。そういう場をぜひ設定していただきたい」

附記:
サミット事務局作成の議事録は要旨だけということもさることながら、意図的な歪曲と思われるものもあります。例えば最後から3番目のクエスチョンに「スポンサー制度について、もし自分が1000万円寄附すれば、サミットで意見を言える場を与えられるのか?」とありますが、この発言の趣旨は「寄付額に応じて会議出席権を与えるのはおかしい」というもの。意図的な歪曲というべきでしょう。


東本高志


posted by 風の人 at 23:30 | Comment(0) | TrackBack(1) | 一般
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

 第一部  下がったはなし
Excerpt: 07年8月11日・土曜日 第一部  下がったはなし  何処からどこへお金がいくのか、誰の懐から誰の財布に入るのか、庶民には全く関係ない話が株である。  昨日の夕刊の一面に日米欧で株が急落して32兆..
Weblog: 護憲+グループ・ごまめのブログ
Tracked: 2007-08-11 15:34

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。