2022年03月09日

ウクライナ危機:ウクライナ人に徹底武装抵抗を強いる国際世論は残酷だ(平和創造の自己責任)

一刻も早く殺戮を止めさせたい。そのためには何をなすべきでしょうか。

いつ効果が現われるか分からない経済制裁や武力抵抗でロシア軍を撤退させるまでウクライナ人に戦うことを強いるのは残酷というものです。殺戮を今すぐ止めさせるには、停戦しかないでしょう。もしかしたら世間は、停戦交渉が行われるとプーチンの主張が通るから嫌だと思っているのですか。

プーチンやロシア権力にとっての安全保障上の脅威について指摘すると、平和運動にたずさわっている方々からも、次のような言葉が出てきます。

・プーチンの言い分を聞く前に侵攻を止めろと言うのが先
・殺戮を止めさせるためにロシア軍を引かせるのが先
・ロシアの肩を持つのか
・反米か平和のどちらを選ぶのか
・どっちもどっち論や相対化はおかしい

私はこれらの主張に大変当惑しています。侵攻止めろは皆言っていて、国際世論も同じなのです。ロシアは確実にこれらの声を承知しているでしょう。

私はもっと侵攻反対の声が上がり、世界で可視化されればいいと考えています。でも、既にAvaaz署名という指標で現実を見れば、当初よりペースががた落ちしています。声を増幅させるには、街頭行動するにも、例えばAvaaz署名のような署名活動を紹介するなりの工夫が必要です。

【署名】Avaaz - この戦争を止める(プーチンの戦争を止めるための署名)
https://secure.avaaz.org/campaign/jp/stop_the_war_loc/

私ももちろん街頭行動をしますが、街頭で侵攻止めろと声を上げるだけで侵攻は止められない。この現実を直視しない反戦運動は自己責任を果たせないのです。実効的な即時停戦を実現するための言論が必要なのではありませんか。それはもちろん、停戦実現を、のスローガンだけを言えばいいのではありません。

今回のロシア非難国会決議にも同じ問題があります。この表現活動はウクライナに平和をもたらす機能を果たしますか、即時停戦を実現することに貢献しますか。今回の国会決議は国会の機能不全を示す以外のなにものでもありません。機能不全というより、もしかしたら今回の武装物資としての防弾チョッキを供給する露払いの機能を果たした可能性があるでしょう。なにしろ非軍事協力の縛りも停戦の働きかけも入っておらず、ロシアに対する制裁しか「手立て」を示していないのだから。そんなもの、効果があるか分からないし、効果があったとして、いつになるのか。ちなみに、パレスチナ社会が対イスラエルBDS(ボイコット・投資撤収・制裁)運動を世界に求めているのは、現状、それしか手立てがないからです。成功しないかもしれないが、それしかないから求めているのです。

今回の国会決議は、いくら日本国憲法にある理念の言葉を盛り込んだからといって、理念を体現した反戦運動にはなっていません。憲法の肝は世界の平和主義者と連帯して世界の全人民にとっての平和的生存権などの崇高な理念を市民1人ひとりが全力で達成すると誓った「実践」にありますが、こうした実践を政府や市民に求めていないからです。国会決議は軍事支援の要素を排除していません。「ウクライナと共に」のスローガンは、ウクライナの戦争指導者による戦争遂行にエールを送る要素を含みます(国際社会はパレスチナのハマスには同様のエールを送らないが)。

即時停戦を言わないロシア非難の言論は、ウクライナ人に泥沼の武力抵抗を強いる雰囲気作りに貢献しているのです。この力学を自覚しましょう。ウクライナが勝てるかもという淡い期待の皮算用は残酷です。

私はこれまで、伊勢崎さんの見解には首をかしげることが多かったのですが、下記動画で示された見解にほぼ賛同します。

伊勢崎賢治×神保哲生:NATOの「自分探し」とロシアのウクライナ軍事侵攻の関係 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=HhLemFXw74Y&t=1s

伊勢崎さんは<国連総会緊急特別総会でのロシアへの非難決議で、35か国が棄権した中に南アフリカがいた。これを報道したのは、アルジャジーラのみ。棄権の表明で南アの代表は「対話が必要だ。悪魔と対話しなければならない。これ以上の殺戮をやめさせること。>(ある方のツイッター文字起こしからそのまま転載)と指摘していますが、まさにこれなのです。そして、私は全メディアを確認したわけではありませんが、報道したのがアルジャジーラのみというところに、戦争を煽るメディアのあり方が示されており、このメディアに国会議員も呑み込まれています。

実効的な停戦をもたらす世論作りが反戦運動の実体であるべきであり、全関係者が反省をし、ロシアを含む安保を提案する形での停戦交渉に臨むのが、最も現実的で安保の理念にかなった事態可決の手立てではありませんか。なんとなれば、「平和を創る責任」は「全関係者」に常にあるからです(平和創造の自己責任)。攻められた側だが停戦協定違反の前科などがあるゼレンスキー、今回の侵攻を直接的に行っていないという意味で非がないけれどもロシアをマッチポンプ式に挑発してきた米国・NATOという、侵攻して非があるプーチン以外の全関係者の「出方次第」、すなわちゼレンスキーや米国・NATOの本音では不本意であるかもしれないが停戦に結び付く合理的な安保上の譲歩で停戦を実現できる可能性がある以上、侵攻していない側にも平和創造の責任があるのです。

多少の国際世論では動かしがたい現在の非安全保障状況は地球のプレートがぎしぎし押し合うがごときもので、国家プレートのほか国家プレートと連動する軍需産業プレートなどもあり、ウクライナを第2のアフガニスタンにしようとする軍事プレートの動きが今まさに同時並行で進行中であると認識すべきです。軍需産業プレートは今回の直接の侵攻主体でないにしてもです。今回のプーチンプレートの動きは、相互に押し合い続けている軍事プレートの一局面です。プーチンを叩くと同時に他の軍事プレートの動きも同時に抑えなければなりません。

多くの方が侵攻時点の理非の違い、表層的な倫理問題、すなわち攻めた側と攻められた側の違いだけで平和創造の自己責任の所在ないし軽重に差異を付けているものと思われます。現在の強固な非安全保障状況から安全保障状況を創り出す過程で、こうした差異にとらわれて、泥沼化への道、総体的な軍事増長への道を塞ぐ形で停戦の可能性を追求しないことは、愚かであり実体的な倫理に反すると思います。何が最も優先されるのかを考えていただきたい。

ウクライナ危機:安保構築の提案なき侵略戦争反対でいいのか
http://unitingforpeace.seesaa.net/article/485866717.html

「ロシア軍は撤退しろ」や「ウクライナと共に」のスローガンだけでは、現状、ウクライナ人に武力抵抗を続けろ、という主張に等しいのです。もちろん、ウクライナ人に武装抵抗の権利はありますが、外野、特に日本が戦争を煽り立てる立場に立つべきではありません。強固な意志で侵攻を開始したプーチンにひたすら「力の論理」で対抗するなら、軍事プレートは動き続けるだけでしょう。

米国・NATOは平和運動でもよく使われるスローガン「侵略戦争阻止の一点」でウクライナ危機に対処しているわけではありません。合理的な安保提案の枠組みで全関係者が反省をする。だから停戦交渉の材料となる安保提案の一過程として米国・NATOによるロシア挑発などをも批判するのです。このどこが不都合なのか、どなたか説明してください。不都合というなら、ウクライナ危機を終わらせる非軍事の手立てを教えてください。

#StopRussianAggression
#あらゆる戦争と人権侵害に反対します


太田光征
posted by 風の人 at 12:21 | Comment(0) | ウクライナ危機
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