作者の海渡雄一弁護士よりは、広めてくれるように依頼されています。下記のウェブページに全文が掲載されているので、よろしくお願いします。
http://tepcodaihyososho.blog.fc2.com/blog-entry-166.html
----------------------- Original Message -----------------------
事故原発への管理と対応がいったん放棄された事実を確認しなければならない
−3月15日午前中に行われた、福島第1原発作業員650名の福島第2原発への移動は誰
の指示によるものであり、どのような意味を持つものなのか−
海渡 雄一
(原発事故情報公開請求弁護団)
内容
第1 結論
1 問題の設定
2 事故時の実人員と緊急対策本部体制
3 政府官邸と東電側とのやりとりと吉田供述をどのように統一的に理解できるか
4 吉田調書は当時の現場の混乱を如実に示している。
5 パラメーターもとれなくなっていた
6 事故対応に必要な要員も2Fに撤退していた
7 朝日新聞報道は誤報といえるか疑問
8 線量が絶望的な状態のまま継続しなかった理由はわからない
9 その他の問題点
第2 基礎的な事実関係整理のためのデータ
1 吉田調書の原文<補足>
2 東電幹部らは全面撤退を官邸に求めたか
3 政府事故調の認定
4 国会事故調査報告書の認定とテレビ会議録画との矛盾
5 650名の退避により、事故対応作業に支障が生じたか
6 菅、海江田、福山、細野調書は全面撤退の計画を裏付けている
7 650人が退避した後、人員が戻らなければ原発はコントロール可能だったかを解明すべきである
8 なぜ高線量が続かなかったのかは解明されていない
第1 結論
1 問題の設定
650名の2Fへの移動が、吉田所長の「関係のない人は退避させる。」「IFに近い線量のひくいところで待機」という指示と矛盾していないかどうかという点がポイントである。
私は明らかに矛盾していると考える。
2 事故時の実人員と緊急対策本部体制
事故発生当時、この原子炉では、東京電力の社員が755人、協力会社の社員5660人ほどの作業員がいた。15日早朝の時点でも、この中の720名程度の作業員が残り、事故対策に当たっていた。
そして、この原子炉の緊急対策に必要な緊急対策本部の要員数は400人と定められていた(吉田020 10ページ)。この数字は、残された人員で十分な対策がとれたかを判断するうえで、重要な数字である。
3 政府官邸と東電側とのやりとりと吉田供述をどのように統一的に理解できるか
14日夜から、2号炉は圧力が上昇し、水が入らず冷却が不能状態に陥り、東京電力の清水社長以下の最高幹部は、官邸(海江田経産大臣、枝野官房長官、細野剛志首相補佐官)に対して、「全面的な撤退(退避)」についての了解を取ろうとしていた。このことは、東電のテレビ会議録画でも、「最終的避難についてしかるべきところと詰めている」と報告されている。官邸側の政治家の証言は、例外なく全面的な撤退の申し出であったとする点で一致している。
官邸(菅総理大臣)は、15日未明に清水社長に対して、撤退は認めないと宣告し、清水社長もこれに同意した。
しかし、15日の朝5 時30 分頃の段階で、菅総理が東電本店に来たあと、IFの現場で爆発が生じ、1Fの現場も、官邸に詰めていた武黒フェローも、班目原子力安全委員長も2号炉は完全に冷却不能となっており、メルトダウンは不可避で、水蒸気爆発などによって、大量の放射性物質が、拡散する事態は避けがたいと考えていた。
吉田所長は、全員撤退は考えていなかった、自分は残るつもりだったし、必要な要員は残すつもりだった、必要でない要員は1Fに近いところで待機するよう指示したと述べている。
私の推測では、東京電力最高幹部らは、吉田所長の指示とは別個に、70名程度の要員を残し、緊急事故対策にも必要な者を含む、残りの職員・作業員650名は2Fに退避するオペレーションを、官邸の意向にもかかわらず実施したのだと考えると、前後の事態が合理的に説明できるように思われる。
4 吉田調書は当時の現場の混乱を如実に示している。
吉田所長が「本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。」「伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。」「よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。」と述べた(吉田077−1−1 55ページ)。
2Fに行けと言っていないという点こそが、明確な指示であり、2Fに行った方がはるかに正しいというのは、あとからの判断である。この供述自体は、このことが、論争になる前の2011年8月段階での供述であり、さまざまなバイアスがかかる前の証言で信用性が高い。
この本社指示と思われるオペレーションを、現場指揮者として、あとから追認したものであると評価できるが、部下が移動した先を把握していないという深刻な事態が発生し、所長の指示が末端まで伝わらないほど原発の現場が混乱していたことを示している。
問題は、この時点で吉田所長の下に残された70名程度の要員で、緊急事態を深めている4機の原発の事故管理、対応が可能だったのかと言う点こそが、日本国民の命運のかかった事実であり、最大のポイントである。事故時には、高線量地域に近寄り、弁の開閉など何らかの機器操作を行うためにも、多人数の作業員による人海戦術が必要であった。このような対応が可能な状況にあったのかが問われなければならない。
5 パラメーターもとれなくなっていた
15日の段階で1Fの1,2,3,4は中央操作室に常駐できないほど線量が高かった。定期的に人を送ってデータをとっていた(吉田051 58ページ)。
「中央操作室も一応、引き上げさせましたので、しばらくはそのパラメータは見られていない状況です。」(吉田077−1―4 56ページ)
東電HPに公表されているプリントパラメータデータ アーカイブによると、3月15日午前7時20分から11時25分まで、約3時間にわたって、プラントデータの記録すらできていない。
同時に4つの原子炉で深刻な事態が発生していた14−15日の状況では、むしろ1000人単位の作業員を追加して、集中的なオペレーションをしなければならない状況だったはずである。しかし、そのような状況で、東電の最高幹部らは、吉田所長の指示にも反して、バスを手配し、事故対応の判断に不可欠なGMレベルの幹部を含む650人の作業員を2Fに移動させたのだと考えざるを得ない(吉田077−1−4 54ページ)。
この点に関する14−15日の状況について、吉田調書の原文は次のようになっている。
(吉田077−1−4 49ページ)
「完全に燃料露出しているにもかかわらず、減圧もできない、水も入らないという状態が来ましたので、私は本当にここだけは一番思い出したくないところです。ここで何回目かに死んだと、ここで本当に死んだと思ったんです。
これで2号機はこのまま水が入らないでメルトして、完全に格納容器の圧力をぶち破って燃料が全部出ていってしまう。そうすると、その分の放射能が全部外にまき散らされる最悪の事故ですから。チェルノブイリ級ではなくて、チャイナシンドロームではないですけれども、ああいう状況になってしまう。そうすると、1号、3号の注水も停止しないといけない。これも遅かれ早かれこんな状態になる。
そうなると、結局、ここから退避しないといけない。たくさん被害者が出てしまう。勿論、放射能は、今の状態より、現段階よりも広範囲、高濃度で、まき散らす部分もありますけれども、まず、ここにいる人間が、ここというのは免震重要棟の近くにいる人間の命に関わると思っていましたから、それについて、免震重要棟のあそこで言っていますと、みんなに恐怖感与えますから、電話で武藤に言ったのかな。1つは、とんな状態で、非常に危ないと。操作する人間だとか、復旧の人聞は必要ミニマムで置いておくけれども、それらについては退避を考えた方がいいんではないかという話はした記憶があります。
その状況については、細野さんに、退避するのかどうかは別にして、要するに、2号機については危機的状態だと。これで水が入らないと大変なことになってしまうという話はして、その場合は、現場の人聞はミニマムにして退避ということを言ったと思います。それは電話で言いました。ここで言うと、たくさん聞いている人聞がいますから、恐怖を呼びますから、わきに出て、電話でそんなととをやった記憶があります。ここは私が一番思い出したくないところです、はっきり言って。」
(吉田077−1−4 55−56ページ)
「○あと、一回退避していた人間たちが帰ってくるとき、聞いたあれだと、3月15日の10時か、午前中に、GMクラスの人たちは、基本的にほとんどの人たちが帰ってき始めていたと聞いていて、実際に2Fに退避した人が帰ってくる、その人にお話を伺ったんですけれども、どのクラスの人にまず帰ってこいとかいう。
○回答者 本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いようなととろに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しょうがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰ってきてくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです。
○質問者 そうなんですか。そうすると、所長の頭の中では、1F周辺の線量の低いととろで、例えば、パスならパスの中で。
○回答者 今、2号機があって、2号機が一番危ないわけですね。放射能というか、放射線量。免震重要棟はその近くですから、ここから外れて、南側でも北側でも、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで、言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。いずれにしても2Fに行って、面を外してあれしたんだと思うんです。マスク外して。
○質問者 最初にGMクラスを呼び戻しますね。それから、徐々に人は帰ってくるわけですけれども、それはこちらの方から、だれとだれ、悪いけれども、戻ってくれと。
○回答者 線量レベルが高くなりましたけれども、著しくあれしているわけではないんで、作業できる人間だとか、パックアップできる人間は各班で戻してくれという形は班長に。」
6 事故対応に必要な要員も2Fに撤退していた
現時点でわかっていることは、15日の正午ごろから順繰りに作業員を戻しているということである。東電が公表しているプラントデータでも午前11時25分までの3時間、原子炉内の水位や圧力の計測ができていない。いったん事故原発は管理を放棄された状態に陥っていたのである。
戻した人員の中にはGMレベルの職員や運転員まで含まれている。吉田氏は「作業ができる人間だとか、バックアップできる人間は各班で戻してくれという形は班長に」と述べている(吉田077−1−4 49ページ)。事故対応の作業を続けるために必要な人間までが2Fに撤退してしまっており、吉田氏の発言からも明らかで所長の指示に反した事態が生じていたのである。
7 朝日新聞報道は誤報といえるか疑問
650人の作業員の大半の者たち、とりわけ下請け作業員らにとっては、吉田所長の必要な要員は残るという指示は徹底されておらず、東電社員の指示に従って移動したという認識であり、朝日新聞報道によって「所長の命令違反」と言われたことに、違和感があったことは理解できる。しかし、所長自身が「しょうがないな」というように、所長の指示には明らかに反した状態になっているのである。
そして、問題の本質は、15日の午前中の1Fは、沈み行く船と運命を共にする覚悟を固めた所長と、これに従う少数の作業員だけを残し、事故対応のために不可欠なデータもとれない、絶望的な状況に陥ったと言うことである。吉田所長の「死を覚悟した、東日本全体は壊滅だ」というイメージこそ、国民的に共有しなければならないことである。
朝日新聞の報道は、このような事故現場の衝撃的な混乱状況を「所長の命令違反の撤退」と表現したのであり、これは、取り消さなければならない誤報とまでいえるだろうか。私は大変疑問に思う。
8 線量が絶望的な状態のまま継続しなかった理由はわからない
このような絶望的な状況が現実のものとならなかった理由は何か。15日の昼の段階で、吉田所長らが予測したように、現場に近寄れなくなるほどの線量の上昇が継続するような事態にはいたらず、いったんは10000マイクロシーベルト/hに達していた線量は当日の午後2時には10000マイクロシーベルト/hを切り、その後必要不可欠な要員を徐々にではあるが、呼び戻すことができたこと、東京消防庁、警察、自衛隊などの協力により、必死の冷却作業が遂行され、最悪の事態が避けられたからである。
しかしながら、現場に近寄れなくなるほどの線量の上昇が数時間でおさまり、その後徐々に下がっていった理由は解明されておらず、まさに僥倖であったというほかない。
このまま、吉田所長らが予測どおりに線量の上昇が継続していれば、吉田所長以下の要員は1F内で、急性放射線障害によって死にいたり、現場には他の作業員も戻ることはできず、2号機以外の原子炉も次々に最悪の事態を迎え、4号機の使用済み燃料プールも冷却不能によって燃え出していただろう。近藤最悪シナリオメモのに記述されたような最悪の事態が現実のものとなった可能性が差し迫ったものであったと
言うこと、このことを確認することが、決定的に重要である。
9 その他の問題点
吉田調書には事故対応だけでなく、中越沖地震の対応、津波想定の問題など重要な問題が含まれている。
今回吉田調書以外にも、政府関係者、専門家らの調書が公表された。しかし、他の東電の役員らや政府機関職員の調書は全く公開されていない。
今回は、撤退問題以外の問題は時間の関係で検討できなかった。これらの論点については、次の機会を期したい。
(以下省略)
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以上、転載
太田光征
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