2014年03月11日

ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図〜福島原発事故から3年〜」(2014年3月8日)

ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図〜福島原発事故から3年〜」(2014年3月8日)

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ネットワークでつくる放射能汚染地図〜福島原発事故から3年〜 (1/2) - Dailymotion動画
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岡野眞治博士。放射線計測。11年5月、ネットワークで作る放射線地図。

チェルノブイリは5年先に行った。安心して、手を抜き、放射能取り込みが増える時期。引き締める必要。

海でも計測。牛に対する影響。

11年3月、常磐道で福島に。

13年12月、空間放射線量は一桁下がっている。

11年3月16日、316マイクロシーベルト/時、13年12月は10マイクロなど。一部に5マイクロなど高いところが今も。

前回、114号線にホットスポット。今回も。浪江町赤宇木、前回80マイクロ、今回8マイクロ。地表の泥やコケが影響。サンプルは今回も広大、長崎大に依頼。植物はイメージングプレートで。初期は20分でハレーション起こるほど。

今回、赤宇木のコケは200万ベクレル/Kg、134,137の計。土壌はセシウムだけ。134は半減、137は減り方鈍い。

事故から2週間後、赤宇木集会所で共同生活。飯館の3倍だった。各地の仮設住宅へ。岩倉夫妻を尋ねる。2年ぶり。11年4月、20キロ内は立ち入り禁止。避難で別れた犬のパンダ、何時までも車の後を追っていた。腎臓病を患う。おととし6月、岩倉夫妻に戻る。

同じ仮設の末永氏、同じく帰還のめどが立たない。刑務所と同じ、自分の意思で動けない。うつ、自殺出てくる。知らないところで死んでる人いるだろう。いままでは悩んでも解決できた、2、3日寝ていれば。

田代夫妻も忘れらない。奥さんはポータブルトイレ使用。郡山の仮設に、現在。2度、部屋を変えた。壁越えの声に悩んだ。隣りは空き部屋だが声が聞こえる。女のやる仕事、旦那がやってくれる。仮設を出たいが、被災者は忘れられているのではないか。川崎の弟さん、もう忘れられているよ、と言う。

今井ひでき運転手。浪江町小丸。こわた区長に昨夏、同行。林道の中。11〜13マイクロ。自宅前で19マイクロ。世帯数30、林業の村。衰退し出稼ぎに。ふくいちで配管工、全国の原発へも。いま、廃村の危機、家の中にネズミ取りの薬剤。

3月15日に避難。汚染を皆は知らなかった。事故から5カ月後、一時帰宅後に知った。個人線量計で判明。

家の中、11〜12マイクロ。ここは帰れない。

渡辺典一氏、牛の殺処分を拒否。田の草を食べることで景観を保存。伝統をつなぎとめたい。夏、牛は森の木陰に。呼んでもらった。現れる。冬場は干し草。事故後に生まれた子牛も。

小丸は10マイクロを超えていた。谷に沿って高い。川の周りは上昇気流、下降気流で落ちる。357万ベクレル/平方メートル、2256万ベクレル/平方メートル、チェルノブイリの立ち退き基準を超える。

昨夏、広大の遠藤氏、36個、2倍から半分のばらつき。飯館で。10メートル四方で3〜4倍のばらつき。平坦でも出る。土の巻き上げで。

小丸の南、双葉町山田も高い。11年3月16日、300マイクロ超。土壌、2120万ベクレル/平方メートルのセシウム。ヨウ素131、1億6600万。

13年12月、たまざわさん一家、一時帰宅の折、同行。2584万ベクレルで、セシウムは以前より増えた。北西ラインに圧倒的汚染を今も確認。

長崎・高辻先生、事故前のレベルに戻るまで300年かかる。

浪江、避難支持解除準備区域、20ミリシーベルト毎年以下、小丸や赤宇木は50ミリを超える帰宅困難区域。

浪江から二本松に避難している高橋せいじゅん氏。津島地区養鶏場で5万場が死んでいた。餓死。昭和24年、開拓農民、シベリア抑留、復員の翌年。赤痢で死線をさまよった。復員時、両親は死亡。独学で養鶏を学ぶ。昭和50年に家を建てる。入植から25年。安住の地。

13年3月、津島の家を尋ねた。養鶏場を再開するつもりだった。帰宅困難区域となり、帰宅は月1回に制限。再開は諦めた。

昨夏9月、賠償金で家を買い、仮設を出よう。新居は奥さんの妹がいる小名浜。日当たりと風通しがうれしい。これで5、6年は長生きできるだろう、静かな余生になるはずだった。

高橋さんが亡くなった。引っ越しから2週間後、体調を崩し入院、肺がんが見つかった。入院中も津島に帰りたいと言っていた。鳥の死骸はカサカサに。頭部は狸が。

故郷が帰宅困難区域になっている中で、今野富夫さんが柳刃包丁で自死。

兄、豊勝さん、原発が原因といえば原因、意志が弱いといえば弱いが、柳刃包丁で自死とは、意志が弱いわけではない。富夫さん、事故後、子犬が産まれ、餌やりに。

ナレーター、自死は事故に対する抗議の死に思えてならない。

http://goo.gl/2rlLTe
ネットワークでつくる放射能汚染地図〜福島原発事故から3年〜 (2/2) - Dailymotion動画
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飯館、除染完了は1割未満。

菅野さん、本来は百姓一揆をやりたい気分。

菅野慎吾さん、飯館で農業できず、農業ハウスのアルバイトでつなぎ。奥さん、適当に流れていくんじゃないか、慎吾さん、それはない。飯館農地はソーラーパネルに。帰るつもりはないと決断。納得できないが納得するしかない。

岩手大、岡田啓治先生らが牛に対する影響を研究。

柴さんも渡辺さん同様、殺処分を拒否。土壌汚染の仮置場ができ、8頭を渡辺さんに委ねた。残りは殺処分。岡田さんらはその前にサンプリング。チェルノブイリは牛は全頭避難。甲状腺肥大している牛も。国に支援を求めるも拒否。

1700頭の牛が殺処分、福島全県で。

海洋生物環境研究所、日下部まさしさん、海水は下がっている。カーブが最近では緩やかに。つまり漏れ続けているだろう。継続的な漏えいの可能性。論文も出ている。毎日100億ベクレル。

海底の泥にたまっている、濃度のばらつき。原発の南側が高い。砂質か粘土質かで違い。なかなか減らない。

岡野さん、福島市、避難指示なし。0.2マイクロ、福島駅。繁華街、0.6.阿武隈川土手も高い。全体的に下がっている。東部から渡利にかけて強い。11年4月、4マイクロ。


中手聖一さんを札幌に訪ねる。事故から奥さんと子供、2週間後に岡山に避難。避難から1年3カ月後、札幌で合流。

福島市は避難区域ではないので、支援、賠償が限定。札幌で訪問介護事業。避難者の雇用の受け皿づくりが2人の新たな目標。


甲状腺調査を子どもに受けさせた。次男はB判定で、精密検査が必要。甲状腺に1センチのしこり。がんの可能性あり。6月に声のかすれ、一カ月、甲状腺がんの症状。精密検査でがんの可能性は今のところない。

初期被ばくについては予断を持たないと努力する感じ。その根拠がないから。子どもに説明できる判断必要。

子どもには福島を断ち切って別の人間として生きてほしくはない。こういう事情で、誇りを持ってほしい。避難者だけでなく、被曝者としての自分を受容して、堂々と生きてほしい。

渡利中学校の隣りで土壌サンプリング。。除染で地表土壌は低くなっている。空間5メートルで0.5。周りから来る。いじってない繁みから来る。庭の表面だけではだめ。渡利地区は住宅地では除染、森はまだ。

徹底的に除染、さくら保育園。斉藤美智子園長。100人の子ども。事故後も受け入れてきた。屋内廊下で定点測定。事故後、4が、今は0.09。屋外活動は禁止。

園は国に除染を求め、事故から3カ月後、園庭表土の剥ぎ取りで8割減少。マットは対象外。自前の予算で。内部被ばくの予防。給食は全品目、毎日測定。出荷基準より10倍厳しい基準。

昨年10月、園外散歩を再開。周辺の汚染地図を参照しながら。線量の少ないルートを設定。立命館大名誉教授の安斉育郎が強力。汚染がマダラ状。小木は0.6。生活の知恵として必要。坂道で1.6。
昨年、個人線量測定、事故による被ばくは0.27ミリシーベルト毎年と推定。

大人は守ろうとしている。なんとなく忘れようとはしない切り開き方があるはず。

岡野さん、浪江の岩倉家に。庭先、5マイクロ。年間、20ミリシーベルト以上の居住制限区域。屋内は3.2。アンチモン、銀も。351万ベクレルのセシウムが5センチ下の土壌に。帰還制限の赤宇木より高い。

帰還、放射能に向き合う生活を意味する。

1954年水爆実験、3年後、故郷に。流産、死産、甲状腺機能障害が。島を離れる。

同じことが福島でどうなるか。

記憶が少しずつ擦り減っていく。

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太田光征


posted by 風の人 at 01:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 一般
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