2013年6月9日
日本の戦争責任資料センター
http://space.geocities.jp/japanwarres/center/hodo/hodo52.pdf
第一次安倍晋三内閣時の2007年、日本軍「慰安婦」問題での強制性を否定し、日本軍「慰安婦」制度を美化正当化しようとする安倍首相ら歴史修正主義の動きに対して本センターは、同年4月に外国特派員協会において記者会見をおこない、日本軍による「慰安婦」強制を示す東京裁判の証拠文書を発表するなど、資料に基づいて、 安倍首相らの動きを厳しく批判した。さらに 国内外の良識ある人びとからの厳しい批判もあった。その後、安倍政権は崩壊したが、昨年12月の総選挙によって復活した。
安倍首相をはじめ極右の政治家たちは、「慰安婦」の強制性を否定する発言を現在も繰り返し、深刻な被害を受け、いまだにその心身の傷が癒されることのない元「慰安婦」の方々をさらに苦しめている。そうした中で5月13日には橋下徹・大阪市長兼日本維新の会共同代表による暴言がなされた。国内外からの厳しい批判にもかかわらず、橋下市長は発言を撤回せず、さらに日本のマスメディアは、これまでに明らかになっている研究成果を無視して一切報道せず、橋下市長らの暴言をくりかえし垂れ流している。きわめて憂慮すべき状況にある。
本センターは、1993年の創設以来、日本の戦争犯罪・戦争責任について資料の調査と資料に基づく研究を積み重ねてきた。これまでの研究蓄積を踏まえて、ここに声明を発表する。
@ 日本軍「慰安婦」制度に関する旧陸海軍や政府関係資料は、1993年の河野談話の発表以降も数多く発見され、その多くが公表されている。これら資料によれば、この制度は旧日本陸海軍が発案し、慰安所設置の計画立案、業者の選定・依頼・証明書の発給・資金あっせん、徴集する女性の人数の算定、女性集め、女性の輸送、慰安所の使用規則・料金の決定など慰安所の管理、建物・資材・物資の提供など、全面的に軍が監督・統制したことが明らかである。しかも日本軍の占領地であった中国、東南アジア、太平洋諸島、さらには沖縄や日本本土など日本軍が駐留・移動する所には必ずと言ってよいほど慰安所を開設し、そこに女性を送り込んでいった。また外務省、内務省、朝鮮総督府・台湾総督府など国の多くの機関も深く関与した。これほどの地域的広がりと規模の大きさ、組織性は、ほかの国の軍には見られない特徴である。
A 「従軍慰安婦」という言葉が当時なかったという理由で、「慰安婦」の存在自体を否定しようとする議論が今もなされている。しかし当時の軍の文書においても「慰安婦」「軍慰安所従業婦」「軍慰安所」などの言葉が使われていた。従って、日本軍部隊のために設置された慰安所に拘束された女性を、「従軍慰安婦」あるいは“ 日本軍「慰安婦」” という言葉で表すことは、「慰安婦」という用語それ自体のもつ問題性を別にすれば、何ら問題ではない。
B 日本軍「慰安婦」とされた女性たちのうち、日本本土の女性たちや、当時日本の植民地であった朝鮮・台湾の女性たちは、売買され、だまされたりなどして国外へ連れていかれ、慰安所で本人の意思に反して使役された。これは、人身売買や誘拐にあたり、また当時の刑法でも国外移送目的誘拐罪・国外移送目的人身売買罪・国外移送罪と呼ばれる犯罪に該当した。その実行は、主として植民地の総督府または軍の選定した業者などが直接行なったが、占領地で慰安所を設置した軍も、人身売買や誘拐などの事実を十分に知っていたと考えられる。
C 日本政府は北朝鮮による拉致の認定にあたっては、暴力的に連行されたか、甘言によって連行されたかの区別なく、ともに「拉致」と認定している。しかも暴力的に連行せよとか、強制連行しましたという公文書なしに、証言などに基づき認定している。この認定は妥当なものであると私たちは考える。これに照らし合わせてみれば、「慰安婦」問題についてのみ暴力的な連行だけが問題であるかのように矮小化するのは、ダブルスタンダードでしかない。重要なことは連行時における暴力ではなく、連れて行かれた慰安所における強制と性暴力、人権蹂躙である。
D 日本軍「慰安婦」とされた女性たちのうち、中国・東南アジア・太平洋地域の女性たち(インドネシアで抑留されたオランダ人女性を含む) は、人身売買だけでなく、日本軍に脅された地域の有力者から、「人身御供」として提供され、あるいは日本軍や日本軍支配下の官憲によって直接拉致されて慰安所に入れられるケースも多かった。慰安所に入れられた女性たちは、本人の意思に反して強制使役された。日本軍将兵の回想録を読むと、そうした強制使役の実態を十分に知っていた将兵が少なくなかったこと、日常的に憲兵や軍医をはじめ軍が管理していたことから、慰安所を設置した占領地の軍が、これらの事実を知らなかったとは考えられない。
E 当時、こうした女性への人権侵害は、国際法によっても禁じられ、日本は締約国としてそれらの条約に加入していた。「婦人・児童の売買禁止に関する国際諸条約」(1910~1921)と総称されるこうした条約は、「詐欺により、または暴行、脅迫、権力乱用その他一切の強制手段」をもって女性を性的業務に就かせることを禁止していた。「慰安婦」にされた女性たちの中には、相当高い比率で未成年の少女たちがいたが、未成年の場合は、たとえ「本人の承諾を得たるときといえども」それを「犯罪」として明記していた。さらに、これらの「犯罪」が起こらないよう、日本を含む各締約国は予防をはかり、もし「罪を犯す者」があれば「捜索しかつこれを処罰する」ことを約束している。
これらの諸条約は今も消滅しておらず、日本国とこの社会を拘束している「生きた法規」であることを忘れてはならない。「慰安婦」制度は、当時も今も犯罪である。公的立場にある者が、日本国民が性的犯罪を容認しているかのように放言することは、国際社会のみならず、国民全体に対する侮辱というほかない。
F 戦前の日本にあった公娼制度は事実上の奴隷制度であった。公娼とされた女性たちに居住の自由はなかった。廃業の自由と外出の自由は法令上認められていたが、その事実は当人に知らされず、また行使しようとしても妨害を受けた。裁判を起すことができた場合も、前借金を返さなければならないという判決を受けて廃業できず、その苦界から脱出することができなかった。こうした公娼制度に対して、「人身売買と自由拘束の二大罪悪を内容とする事実上の性奴隷制なり」「人道に反し正義に悖りたる悪制度」と厳しく批判し、公娼制廃止を求める県会決議は22県で採択され、公娼制を廃止した県も15県に上っていた。国際社会からも批判を受けて内務省警保局は1935 年には公娼制廃止案を提案するようになっていた。1930年代において公娼制は当たり前ではなくなりつつあった。したがって「慰安婦」は公娼と同じだから問題ないというような議論は、女性の人権が認められていなかった戦前期における政治家に比べても、人権意識が著しく欠如していると言わざるを得ない。
G 日本軍「慰安婦」制度は、居住の自由はもちろん、廃業の自由や外出の自由すら女性たちに認めておらず、慰安所での使役を拒否する自由をまったく認めていなかった。故郷から遠く離れた占領地に連れて行かれたケースでは、交通路はすべて軍が管理しており、逃亡することは不可能だった。公娼制度を事実上の性奴隷制度とすれば、日本軍「慰安婦」制度は、より徹底した、露骨な性奴隷制度であった。
H このように被害女性たちへの「強制」の問題を、官憲による暴力的「拉致」のみに限定し、強制はなかったとする主張は、国外移送目的誘拐罪・国外移送目的人身売買罪・国外移送罪など刑法上の犯罪を不問に付し、業者の行為や女性たちの移送が、軍あるいは警察の統制下にあったという事実を見ようとしない議論である。なお、慰安所でのいたましい生活の中で、自殺に追い込まれたり、心中を強要されたり、病気に罹患し、戦火に巻き込まれるなどして死亡した女性たちが少なくなかったことも指摘しておきたい。
I 「慰安婦」にされた女性たちの被害について、日本の裁判所はすでにいくつもの判決を出し事実認定を行なっている。たとえば、「日本軍構成員によって、駐屯地近くに住む中国人女性(少女も含む)を強制的に拉致・連行して強姦し、監禁状態にして連日強姦を繰り返す行為,いわゆる慰安婦状態にする事件があった」(中国人「慰安婦」第一次訴訟、東京高裁判決2004.12.15)と、強制的な拉致・連行を事実認定している判決も出されている。あるいは「原告は、その慰安所の営業許可直前、泣いて抗ったが、軍医による性病検査を受けさせられ、営業許可後は、意に沿わないまま従軍慰安婦として日本軍人の性行為の相手をさせられた。原告がいやになって逃げようとすると、そのたびに慰安所の帳場担当者らに捕まえられて連れ戻され、殴る蹴るなどの制裁を加えられたため、原告は否応なく軍人の相手を続けざるを得なかった」(在日韓国人裁判、東京地裁判決1999.10.1)と、慰安所における強制と人権蹂躙を事実認定した判決も出されるなど、日本の司法が認めていることは重要である。
J 日本軍「慰安婦」制度と同じような制度が世界の各国にもすべてあったかのような主張がなされているが、その根拠を示す資料はまったく提示されていない。これまでの研究では、第二次世界大戦時において日本軍「慰安婦」制度のような国家による組織的な性奴隷制を有していたのは、日本とナチス・ドイツだけであった。当時、当初から公娼制のなかったアメリカや、イギリスなどのように公娼制を廃止していた国が多く、将兵が民間の売春宿を利用することはあったとしても、軍が組織的に管理運営することは許されなかった国々が多かった。諸外国の軍人による性暴力もあったが、それは「慰安婦」制度とは別のものであり、それらを混同させて、日本軍「慰安婦」制度を免罪することをできない。何よりも日本自らが犯した深刻な性犯罪である「慰安婦」制度とさまざまな性犯罪を真剣に受け止め、事実を認め謝罪と個人補償をおこなったうえで、他国の問題を提起すべきである。
K 朝鮮戦争において韓国軍が「慰安婦」制度を持っており、韓国政府がそれを米軍にも提供したことがわかっているが、当時の韓国軍の幹部の多くは旧日本軍あるいは日本のかいらい軍であった旧満州国軍の将兵、つまり対日協力者たちだった。旧日本軍の経験が韓国軍に持ち込まれたと言える。これは日本軍の弊害が韓国軍に伝わってしまったということであり、その原因は日本軍にあったことも認識しなければならない。
L 日本政府は、日本軍「慰安婦」問題についてすでに謝罪していると弁明している。たしかに「アジア女性基金」を受け取る元「慰安婦」の方々に、その時々の総理大臣が署名し、「心からおわびと反省の気持ちを申し上げます」と記した手紙が渡された。しかし、この手紙は、法的責任と賠償責任を否認した上で、「道義的な責任」しか認めていない。日本政府の用語法で「道義的な責任」とは、法的責任への否認を暗に含んだ軽い責任を意味する。いったん「内閣総理大臣の手紙」を受け取ったのち、表面的な謝罪にすぎないことに気づき、元「慰安婦」が日本大使館に手紙を突き返した事例も報告されている。元「慰安婦」の方々に不十分であれ謝罪の意を示している河野談話を見直そうとする動きは、そうした「道義的責任」をも否定しようとするものであり、とうてい認めることはできない。
M 上記「内閣総理大臣の手紙」は、「おわびと反省の気持ちを踏まえ、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝える」とも記している。しかし、かつて中学校歴史教科書のすべてに記載されていた日本軍「慰安婦」の記述は、現行の教科書からすべてなくなっている。当時の文部科学大臣はこれをみて、教科書から「慰安婦」の記述が「減ってきたのは本当によかった」と述べた。また安倍晋三首相をはじめ現在の政府・自民党の要職についている少なくない政治家が、当時、歴史教科書から日本軍「慰安婦」の記述を削除させ、あるいはそうした記述のある教科書を学校で使わないようにさせる運動を支援してきたことは周知の事実である。日本政府は、「内閣総理大臣の手紙」で表明した約束さえ履行していないのである。
N 国連の拷問禁止委員会は、本年5月31日に日本国に対し、「慰安婦」とされていた被害者の救済のために、性奴隷制の犯罪について法的責任を認めること、公的人物などが「慰安婦」とされた被害者の被った事実を否定する言動を繰り返していることによって再び精神的外傷を受けていることについて国として反駁すること、関連資料を公開し事実を徹底的に調査すること、被害者の救済を受ける権利を確認し、それに基づいて十全で効果的な救済と賠償を行うこと、この問題について公衆を教育し、あらゆる歴史教科書にこれらの事件を記載すること等を求めている。また社会権規約委員会は5月17日に日本政府に対して、「『慰安婦』にスティグマを付与するヘイトスピーチその他の示威行動を防止するため、締約国が『慰安婦』の搾取について公衆を教育するよう勧告」している。日本政府は、橋下市長に対して批判するだけでなく、安倍首相や自民党などの政治家の同様の発言に対しても、被害者の側に立って、批判する責任がある。
O 安倍内閣は、「同日(注:1993年8月の河野談話発表)の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」(2007.3.16)と答弁書を出し、その後もそうした資料がないことのみを強調する政府見解をくりかえしている。こうした答弁は、1993年時点で存在のわかっていたスマラン事件関係資料や、強制的な連行を示す東京裁判検察側証拠書類などを無視した不当な答弁であり、もしそのときの政府調査にそれらの資料が含まれていなかったとすれば、政府調査のずさんさを示すものでしかない。さらに1993年以降、数多くの関係資料が発見公表されているが、それらの成果をまったく無視するものである。拷問等禁止委員会の勧告にあるように、日本政府は徹底した資料調査をおこなうべきである。それをせずに、上記のような答弁を繰り返す行為は、拷問禁止委員会が厳しく批判しているものである。
橋下市長や安倍首相をはじめとする自民党、維新の会、その他の政治家たちの暴言、妄言が、人権意識を欠落させたものであり、深刻な被害を受けている元「慰安婦」の女性たちをさらに一層傷つけるものであることに鑑み、そうした暴言を直ちに撤回し、人権蹂躙を恥じない政治家は直ちに公職を辞任すべきである。私たちは、橋下市長や安倍首相らの振りまく誤った「事実」認識が正され、上記の事項が日本内外の人びとによって正しく認識され、日本軍「慰安婦」問題が根本的に解決されることを強く願うものである。
以上
-----------------
以上、転載
太田光征