2012年03月24日

3.11地震を福島原発内で経験した米国人技術者

福島原発を3.11地震が襲ったとき、米国の原子力技術者38人が同原発にいた。カール・ピリテリ氏もその1人で、ようやく1年を経て当時の様子を公に話すことができるようになったという。

福島の生存者:「私はこの1年、ほとんど笑ったことがない」
Fukushima Survivor: 'I've Hardly Smiled This Whole Year' | PBS NewsHour | March 9, 2012 | PBS
http://www.pbs.org/newshour/bb/world/jan-june12/insidetheplant_03-09.html

http://youtu.be/qt4TvT83PJw


以下はインタビューの要旨です。

太田光征



第1原発1号機のタービン建屋にいたら、「悪魔」のような音がした。その原因は分からない。地面なのか建物なのか。

誰もが大声で皆のために祈り、私はそこで死ぬのだと思った。

仲間を建屋から安全に避難させた後、津波が来た。幸い、高台にいて、津波はその半分の高さまで上ってきた。

労働者は東京へ向かった。13日の朝、ホテルのロビーで同僚に会う。私(ピリテリ氏)は自分がトラウマを抱えたようだと話した。隣の大人の男が、泣き出す。

東京に来ると周囲は笑いを浮かべ、日常生活を送っている。違和感を覚えた。多くの方が命を落とし、自分は高台に逃げたがそうではない方がいたのだ。私はこの1年、ほとんど笑ったことがない。

自宅に帰った。CNNを観たら、地震から1カ月後に云々と言っている。妻に今日は何日かと聞き、1カ月が経っていたことを初めて知った。

いま何が望みか? 昔の自分に戻りたい、解放されたいだけだ。
posted by 風の人 at 19:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 一般
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