2010年01月21日

学者、知識人グループ340人の普天間県内移設反対声明 いくつかの違和感と疑問

沖縄の普天間基地の「移設」問題に関して(その理由は後で述べますが、ほんとうは「撤去」問題と言いたいところです)、この18日、わが国の沖縄県外在住の学者、知識人グループが「普天間基地移設計画についての日米両政府、国民に向けた声明」を発表しました。

下記の琉球新報の記事などによれば、同声明の呼びかけ人は、宇沢弘文東大名誉教授、宮本憲一大阪市立大名誉教授ら18人。作家の大江健三郎氏ら県外の学者、知識人322人が賛同人として名を連ねています。呼び掛け人によると、今回の賛同署名は第1次分で現在の学者、知識人ら
の普天間基地「移設」反対の意志を示すためにも取り急ぎ日米両政府の関係者に届ける。今後はさらに沖縄県内も含め、英訳版も作成して世界規模で賛同者を募る予定だといいます。また、米国の知識人らを交え、今後の日米関係を探るシンポジウムも開催する計画だといいます。

■普天間、県内移設に反対=有識者グループが声明(時事通信 2010年1月18日)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010011800832
■県外識者340人 県内反対声明 普天間移設で訴え(琉球新報 2010年1月19日)
*学者、知識人グループの「声明」全文掲載。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-155881-storytopic-3.html

これだけ多くの学者、知識人らが名を連ねて声明を発表するのは、おそらく1982年の「核戦争の危機を訴える文学者の声明」(世話人:井伏鱒二ら36人、賛同人:大岡昇平ら535人)以来のことでしょう。82年の「文学者の声明」は反響が大きく、同声明に触発されたかのように「核兵器全面廃絶と戦争防止を訴える美術家の声明」「今こそ核兵器廃絶を求める映画監督の会の声明」などなど多彩なグループの反核決議・声明などが相次いで発表されました(法政大学「日本労働年鑑」第53集、1983年版)。82年の「文学者の声明」はその評価はいろいろあったにしても、あの時代のひとつの社会的ムーブメントになりえました。同声明の意義と特徴はそこに見出すことができます。
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/53/rn1983-394.html
http://2.suk2.tok2.com/user/bugatsu/?y=2009&m=06&all=0

さて、今回の普天間基地「移設」問題に関する学者、知識人グループの声明は、82年の「文学者の声明」のようにひとつの時代的、社会的ムーブメントになりえるか? 私には甚だ疑問なのです。私の左記の疑問は同声明に対する私の違和感とも関係します。もちろん思想の立ち位置はそれぞれですから、普天間基地の「県内移設」に反対する立場で共通するのであれば、人それぞれの思想の相違、状況把握の若干の相違を超えて私たちは連帯するべきだと私は思っています。そういう私の思いを前提にした上で、以下、学者、知識人グループの今回の声明への私の違和感を少し述べてみます。

私の違和感の第1は、「国民に向けた」という声明標題の表現への違和感です。声明呼びかけ人、あるいは賛同人のご当人たちには自覚がないのかもしれませんが、「国民」なるものを下位に見て自ら(呼びかけ人、賛同人)を上位に置かないことにはこういう表現は出てきません。あなた方はいったい何様のつもりか。何様のつもりで上から目線、いまや生活実態的にも論理的にも死語になったといってもよい「知識人」なる目線で「国民」なるものに訓示を垂れようとしているのか、という違和感がその第一点です。

「国民に」という時代錯誤とも言ってもよい言葉を聞いてすぐに思い浮かぶのはフィヒテの『ドイツ国民に告ぐ』という有名な講演録の邦訳の標題です。しかし、フィヒテの『ドイツ国民に告ぐ』にはその言葉の尊大、無礼に相反して、それに優る彼の情熱と覚悟のようなものを私たち読者は感受することができました。だから、世界的な名著のひとつに数えられるようにもなったのでしょう。しかし、それでも、「国民に」という表現が自らを目上に位置させる尊大、無礼な表現であることには変わりはありません。呼びかけ人、賛同人の方々はフィヒテに優る情熱と覚悟とをもって「国民に」呼びかけられている、ということでしょうか? 失礼ながら、私には呼びかけ人、賛同人の方々にその覚悟がともなっているようにはお見受けできません。ただ、時代の精神に一周も二週も遅れた「学者、知識人」なるもののアナクロニズムと自己過信が目につくばかりです。

82年の「文学者の声明」の標題は「核戦争の危機を訴える文学者の声明」というものであって、自らの意志の自己表出としての表現はあっても、「国民に」などという自らを上位に位置せしめなければ出てきようもない尊大な表現はもちろんありませんでした。1991年の湾岸戦争の際に柄谷行人、中上健次、田中康夫、高橋源一郎などそれまでの反戦運動・反核運動に関わってこなかったその当時の若い文学者たちが中心になって出された反戦声明の標題も単に「声明1」(署名者42名)「声明2」(声明者16名)というものであって、またその内容も「私は、日本国家が戦争に加担することに反対します。」(声明1)というものであって、自らの意志を自己表出する表現を超えてはいません。私は今回の声明の呼びかけ人、賛同人の「学者、知識人」なるものの思想の立ち位置に大いなる疑問を持ちます。

私の違和感の第2は、これがもっとも根底的な私の違和感というべきすが、今回の学者、知識人グループの声明の(2)に記されている「新政権は、この『グアム移転協定』も含め、問題の推移について改めて検証し、今後の方針について時間をかけて再検討すべきである」という今回の声明の認識への違和感です。

上記にいう「時間をかけて」とはどういう意でしょう? 普天間基地の県外または国外移設は、鳩山現首相及び民主党が政権選択選挙といわれた先の総選挙で「最低でも県外移設が期待される」と沖縄県民、また私たち本土の選挙民に明確に約束してきた「政権公約」(政権をとった暁には必ず実現する、と選挙民に約束した公約)です。選挙民はその政権公約に信をおいて民主党に投票し、その結果、同党は政権政党になったわけですから、鳩山首相及び民主党にはその政権公約を早急に実現化する政党としての責任があります。責任のないところに自由は存在せず、自由のないところに責任は存在しない、というレスポンシビリティーという意味での応答責任です。応答責任をともなわない政治=政党の主張は、もはや有権者の信を失い、議会制民主主義を単に形骸化させるだけの負の役割しか果たし得ないでしょう。鳩山内閣は、そうした有権者への応答責任をなんら果たさないまま年を越しました。そういう意味で私は、この普天間基地「移設」問題の先送りを「簡単に日米『合意』に妥協することをしなかった鳩山首相の決断を、その点においては評価する」という今回の学者、知識人グループの声明の認識には同意できません。

メディアは、この鳩山首相、鳩山内閣の方針先送りと同首相の決断力不在のありさまを「普天間問題 3カ月かけ答え出ず」「米軍普天間飛行場の移設問題に関する政府方針は、何ら方針を決められない鳩山政権の現状をさらけ出した」(東京新聞、2009年12月15日)、「米軍・普天間飛行場の移設問題で、鳩山内閣が方針を決めた。決着を来年に先送りし、連立3党で移設先を再検討するという。しかし、これを方針と呼べるだろうか」(朝日新聞、2009年12月16日)などと批判しました。なによりも鳩山内閣の普天間基地「移設」問題の方針先送りは、「宜野湾市のど真ん中にあって危険極まりない普天間飛行場をいつまでも放置できない。早期返還は県民の切なる願いだ」(琉球新報、2010年1月1日)というその沖縄県民の「切なる願い」を足蹴にするような方針といわなければならないものでした。

「今後の方針について時間をかけて再検討すべきである」? 学者、知識人グループの今回の声明の上記の文言は、普天間基地の「早期返還」を求めてやまない沖縄県民の宿願といってよい切なる願いの実現をさらにさらに先送りせよ、先送りしてかまわないよ、と言っているのに等しいのです。今回の学者、知識人グループの声明は、「沖縄県内に普天間基地の機能を移設することに反対する」と言いながら、その主観的な誠実な思い(私は学者、知識人グループの誠実の思いは疑いません)とは裏腹に、結果として、普天間基地の「早期返還」を求める沖縄県民の「切なる願い」を踏みにじる声明に堕している、といわなければならないだろう、と私は思います。

普天間基地「移設」問題の「先送り」には下記のような問題性がある、との指摘もあります。

第1。普天間問題についての「政府の具体的な考え方が何も示され」ず、先延ばし、先延ばしされれば「いつまで経ってもアメリカ側との実質的な協議が始まらず、結局時間切れで(普天間基地存続、または辺野古基地建設という形で)押し切られてしまうことは目に見えている」(井原勝介「普天間基地移設問題の再検討」、2009年12月15日)という指摘。
http://ihara-k.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-86af.html

第2。「(「移設」問題ではなく)ほんとうは「撤去」問題と言いたいところです」という私の冒頭発言に関わってくる指摘ですが、「『移設』方式では移設先が見つかるまでは普天間基地は存続することになる。そして『移設』先をどこに選んでも、そこには激しい抵抗が待っているだろう。『移設』方式は破産したのである。13年間の失敗の実績がそれを証明したではないか」(武藤一羊「鳩山政権と沖縄米軍基地 ――
「移設」というワナ」沖縄タイムス、11月2日、3日)という指摘。
http://www.peoples-plan.org/jp/modules/article/index.php?content_id=42

第3。「(普天間基地問題の)決着延期で参議院選まで決めなくてよい、と言うのであれば、民主党は、公約違反の批判を浴びることなく、参議院選を迎えることができることになるし、しかも保守的な支持層に対しては、決着の遅延の責任は社民党に押し付けることができるのだから、民主党にとっては一石二鳥」(金光翔「社民党がいるからこそ民主党の横暴が抑えられている?」、2009年12月5日)という指摘。この金光翔氏の指摘は、今夏の参院選挙において民主党が参院においても単独過半数を占めるような事態は、民主・革新政治の展望にとって果たして望ましい事態といえるか、という問題提起を含む指摘であるように思います。
http://watashinim.exblog.jp/10526371

学者、知識人グループの今回の声明は、その(4)で「私たちは冷戦思考から脱却し、周囲の国々との間に信頼を醸成し、敵のいない東アジア地域を作り上げていくべきときだ。その視点からいえば、普天間基地をはじめとする沖縄の基地は不要だ」とその主張を述べています。そのように主張するのであれば、なぜ普天間基地の「県内移設反対」ではなく、同基地の「撤去」を明確に主張しようとしないのか? そこに普天間基地の県外・国外「移設」を主張する現民主党連立政権への配慮があることは明らかというべきですが、それが必ずしも悪いことだとは私は思いません。現実政治を動かすためには当然現政権への配慮は必要なことだと私も思います。ただ、上記の(1)から(3)の指摘などもあることを十分に検討した上での今回の声明であったのか? 私には疑問が残ります。

声明をすでに出してしまったからといって、声明の文言のあらたな練り直しはできないということはないでしょう。「国民に向けた」という声明標題の練り直しとともに普天間基地「移設」という問題性のある表現についての再検討を試みるべきではないか。学者、知識人グループの自らの誠実さを明らめるためにもそうした方がよい、と私は愚考するものです。

by 東本高志


posted by 風の人 at 15:27 | Comment(1) | TrackBack(0) | 一般
この記事へのコメント
これだけ多くの学者、知識人らが名を連ねて声明を発表するのは、左翼思想の学者、知識人を集めただけ。
だいたい、学者、知識人という言葉を使って正当性を主張すること自体、左翼なんです。
 
Posted by わくわく at 2010年01月24日 14:17
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