2009年07月08日

鎌倉土地憲章(私案)

皆様、

サティシュ・クマールさんの冊子、

『土と心と社会』 
サティシュ・クマール著 (NPO法人開発と未来工房)

の講演後の質問タイムで、

沖縄の久高島の人々は今も、
土地を所有せず共有して暮らしていることを知りました。

そこで、「沖縄 久高島 土地」を検索し、
たどり着いたのが、「久高島土地憲章」。

徴税権力に税金を納めないといけない、私有させられる土地所有でなく、
外部の資本が入れない、住民の暮らしの為の、総有制の土地共有。

鎌倉もぜひ。
ご近所で住まいや土地を共有している事例がありましたら、
皆様も情報をお寄せ下さい。

このメイル、皆様のお役にたちますよう、


豊田 義信 yoshinobu000-lj(a)infoseek.jp

平和つむぎブログ http://heiwa0.seesaa.net/
●祝 鎌倉市平和都市宣言50周年(日本初)●
●2010年 あんぽ条約50周年改定でなく平和条約でいこ●


「神の島 久高島」より
http://www.kudakajima.jp/ima/index.html

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久高島は土地が総有制、個人の持ち物ではない為に外部の資本がほぼ入れません。いつまでも、この制度を残せるように久高島土地憲章を制定して守っています。根底にあるのは、天、地、海を何よりも大切なものとしてきたこの島の生きざまです。この島にいると平気で土地を売り買いする現代社会が異常なものに感じてきます。

島民は字から土地を借りて、家を建て、畑を耕します(ノロなど特別な役職に対しては別に土地が与えられていました)。島人には土地を所有するという概念は無いようです。まさに忘れ去られたようにここだけに残った土地制度、原始共産制の名残と言われます。正確に言うと、久高島の土地は字の共有財産、個人には使用権が与えられます。久高島にこれだけの自然、文化が残ったのは外部資本が入ってくるのを守るこの制度のおかげと言えるでしょう。

久高島土地憲章PDF

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asyura掲示板より
http://www.asyura2.com/0601/senkyo26/msg/728.html


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久高の土地は「総有制」に支えられている (沖縄県久高島の例)
投稿者 Kotetu 日時 2006 年 9 月 19 日

..久高では島の人々の総意で土地の私有化をせずに来た(※4)。昔と変わらず今も島の土地の管理権は集落(区)にあって、例えば住宅を新しく建てるために土地が必要であれば区の総意で提供することになる。これは慣習として続いてきたが、88年に「久高島土地憲章」として明文化された。前文にはこんなくだりがある。

「字民はこれら父祖伝来の土地について使用収益の権限を享有して今日に至っている」

先人への感謝の念が「享有」という言葉に込められている。現在に繋がる過去へと向かう視点だ。

「良好な自然環境や集落景観の保持と、土地の公正かつ適切な利用、管理との両立を目指す」

こちらは未来へ向かう島人の眼差し。施政権返還(※5)の前後から始まった大和資本のリゾート開発の功罪を睨んでのことだろう。
      (略)
※4「島の人々の総意」

1903年の土地整理事業の頃の逸話がある。久高の男達が集まって共有地を廃し私有地にする決議をしたが、その後、女達皆で男達の決議を撤回させたという。「神世以来の制度を変えてはいけない」「土地は古来女が管理してきたのだから男達が勝手に処分するとは横暴だ」というのがその時の論。
      (略)

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posted by 風の人 at 20:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 一般
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