2009年01月13日

1.10「ガザに光を!」写真報告

10日に東京で行われた「ガザに光を!即時停戦を求める ピースパレード&シンポジウム」に私も参加してきました。圧倒的に若い人の参加が目立ったのは、JVCやピースボートといったNGOに従来から集まっている若者が、そのまま参加したからか。逆に、運動系の人の参加はあまり見られなかったように思う。主催者発表で1500人がパレードに参加しましたが、日本の人口比に換算して18万人規模だという、イスラエル市民1万人によるデモなどと、どうしても比べてしまう。
 
各政党、特に野党に関しては、いわば「派遣村への結集」が実現し、格差・貧困問題を無視することができない状況を作り出すことができました。
 
ところが、こと平和問題になると、イスラエルによるガザ市民に対する虐殺という事態に際しても、政党はほとんど動かない。これは平和運動の力量の問題でもあります。「平和への結集」がまさに今、必要なのですが。
 
UNRWAの日本人職員が集会シンポのビデオレポートの中で、日本の資金でガザに病院が建設されたが、封鎖により、医療機器が搬入されず、機能していないことを報告されていました。これなどは、日本がイスラエルに対して追求しなければならない問題の1つです。ツッコミどころでしょう。早く封鎖を解け、と。でないと日本の資金が無駄になるではないか、と。
 
ガザでは、癌患者がイスラエルの病院で治療許可をもらっていても、検問所が「治安」を理由に通行許可を与えない。上記ビデオか別のビデオだったか忘れたが、紹介ビデオ中の若い男性癌患者は撮影の数日後に亡くなったという。ジャーナリストのガザ入りをイスラエルの裁判所は命じているが、軍は認めていないことも報告された。
 
シンポに先立ついわば宗教者の挨拶で、イスラム代表の立場であったと思いますが、その方も指摘したように、イスラム教とユダヤ教は共存していること、パレスチナ問題が宗教問題ではなく、侵略をめぐる問題であることに注意するとともに、イスラエル総体とイスラエル軍を区別しておく必要があります。
 
私からはこれくらいにして、後は、山梨から駆けつけた久松重光さんによる報告を転載しておきます。
 
みなさま

山梨の久松です。10日の東京での「ガザに光を」のピースパ
レードに参加した報告をこのMLに流してなかったので、流し
ます。

12:30からの「ナクバ」の上映会から参加しましたが、天
木さんも那須から駆けつけました。名古屋で昨年の12月23
日の名古屋訴訟の会以来の再会でした。上映の前に天木さんは
、以下のような挨拶をされました。「私は、イラク戦争に反対
して外交官を辞めさせられたが、こうした政府の元で、これ以
上やっていても私の外交官人生に意味はあるのか、と自問した
。私は、レバノン大使をやって、イスラエルの非道とパレスチ
ナの困窮の原因を知ってしまった。知ってしまった以上、自分
にできることをやらねばならない。今日正直東京まで出てくる
のは億劫だったが、でもこのパレードに参加せずに、これから
私は生きていけるのか?と自問した。小田実氏は、「デモとい
うのは、前後左右見知らぬ人と一緒に歩き続けることだ」と言
っていたが、これから今日のデモに参加して、誇りを持って人
生を生きて生きたい」と挨拶されました。映画「ナクバ=大惨
事」については、近日中に八ヶ岳でも上映する予定です。

その後15:30からは、ピースパレードに移りました。主催
者側の発表では、1500人の参加でした。印象的だったのは
、とても若い人が多かったことでした。天木さんも同じ印象を
持ったといわれていました。今日の東京はとても寒く感じられ
ましたが、20才台の若者や、アムネスティやJVCで活動さ
れている若い人たちが、イニシャティブを取って運営されてい
るのを見て、とても勇気づけられました。

夜は、聖公会の聖アンデレ協会で、シンポジウムがありました
。会場に入りきれない人もでて、会場は、二つに分けられ、一
つの会場での発言を終えた講演者が、次の会場に来て、同じこ
とをしゃべってくれました。僕は、第二会場にいたので第一会
場のことはわかりませんが、参加者は、合わせて優に300人
を超えていたと思います。その講演で印象に残った発言を若干
紹介します。発言者の名前をわすれましたが、なぜ12月27
日にガザ侵攻が行われたか、と分析してくれた人がいました。
イスラエルでは、2月1日に総選挙がおこなわれますが、オバ
マ氏が大統領になったら支持してくれるかどうかわからない。
またイスラエルは、ほんの少し前まで、バブルで、テルアビブ
などは、建物の建設が相次いでいたが、ここにきて経済が急に
冷え込み、与党には不利な状況になっている。そこでハマスを
たたいて、弱腰でない強い政権を誇示しようとしているのでは
ないか、という見方でした。つまり、27日からガザへの攻撃
は、イスラエルの国内の政治事情によるものだという意見でし
た。ところで、パレスチナ問題に対する日本の報道は、「暴力
の連鎖」などと言葉で、あたかも公正を装っているが、これは
正確ではない。

ハマスは、パレスチナの人々の要求から出てきたもので、孤児
院などの建設や福祉に力を注いできた中東最大のNGOであり
、圧倒的なイスラエルの軍事的脅威のために軍事部門を作るよ
うになったのであって、単なる軍事組織ではない。またハマス
の要求は、ガザの経済封鎖の解除であって、イスラエルは戦争
する必要などまったくない。イスラエルの狙いは、別のところ
にあるというものでした。そして、われわれが動くことは、日
本の品位を守ることである、といわれていました。

その後の広河隆一さんの発言もそのことをよりはっきりと明示
するものでした。パレスチナ問題を「報復の連鎖」であり「ど
っちもどっちだ」という人がいるが、これは事実をよく知らな
い。イスラエルは、ハマスからロケット攻撃を受けているとい
うが、事実を確かめれば、これは対外的な言い訳にすぎない。
このガザ侵攻より前の3年間で、パレスチナ人の死者は、44
6人であるのに対し、イスラエルの死者は、7年間で12人で
ある。広河さんは、パレスチナ問題は、決して難しい問題では
ない、といわれる。この発端は、1948年にある。イスラエ
ルを建国した折、その地にはパレスチナ人がいて、その人口の
約半数がアラブ人であった。イスラエルは、そこで半数のパレ
スチナ人を追放して、ユダヤ人だけの国家を作ろうとした。こ
れは、1948年にD計画と呼ばれ、イスラエル国家建設の指
針となった。そして村人を攻撃して追放しようとした。このよ
うにしてパレスチナ難民が生まれた。そして移送委員会」transfer
projekt
が計画され、村の住民が戻らないように村を破壊し、戻ろうと
する者は射殺された。このやり方は、ナチスのハイヒマンの計
画を真似たものであった。
こうした難民を作る計画に反対した国連の職員は、イスラエル
によって、暗殺された。こうした事実を隠し続け、日本のマス
コミは、イスラエルや米国のプロパガンダを鵜呑みにしている
。また自爆テロという言葉を使うのは、日本のマスコミだけで
ある。英語では、suicide attac k(自殺攻撃)
である。パレスチナ人のやることは、みな「テロ」という言葉
でくくり、人心を操作している。そしてこんな多くのユダヤ人
が殺されているというイスラエルのプロパガンダを鵜呑みにし
ている。事実を検証すれば、これはすぐわかることである、と
日本のマスコミの知的怠慢を批判された。

現在までのガザ攻撃でのパレスチナ人の死者は、804人、そ
のうち子供230人、女性94人負傷者、3310人と報告さ
れた池田香代子さんの発言は、「ナクバ」が今も続いているこ
とをよく示していた。また池田さんは、フランクルが「夜と霧
」の第2版を1977年に出版したことの背景には、彼の著作
が、イスラエルの建国神話に利用されているのに、心を痛めて
第2版を出版されたのではないか、言われたことに、僕は、フ
ランクルを尊敬しているので、興味をそそられた。フランクル
は、別の本でも、収容所で病気になったユダヤ人のための薬代
をポケットマネーから出していたドイツ人収容所長のことを尊
敬をこめて語っていた。また収容所内のユダヤ人が、同胞を虐
待していたことも語っていた。話から池田さんは、人種主義的
な発想に陥る危険に警鐘を鳴らした。僕はこの発言に感銘した


そのほかにも、JVCの方々による子供たち被害の実態の報告
もあり辛いけれども、有益な集会でした。

最後に主催者から、次のパレードいつですか聞かずに、どうか
あなた自身が発信者になって、あなたの町でもこうした事実を
広めてください。ガザの人たちの生命を救うのは、こうした国
際世論の盛り上がりに頼るほかないのですから、という呼びか
けで終わった。僕には、若い人たちが、動きだしているのが、
とてもうれしかった。重要な発言は、このほかにもたくさんあ
ったのですが、取り急ぎ報告しました。聞き書きなので、内容
が不正確のところもあるかもしれませんが、お許しを。
                  久松拝


ガザに光を!3
 
ガザに光を!2
 
ガザに光を!10
 
ガザに光を!9
 
ガザに光を!22
 
ガザに光を!23_500px
 
下は、西岡由香さんから送られてきた、ガザ攻撃の即時停止を求める長崎市民有志による1.11座り込みの様子です。
 
ガザ座り込み
 
さらに下は、1.10「人殺しはやめてください いのちの行進 in SAPPORO」の様子を伝える松元保昭さんからの写真です。
 
ガザいのちの行進1
 
ガザいのちの行進2
 
 
もひとつ。下は、近藤ゆり子さんから送られてきた、1.11名古屋署名活動の写真です。
 
名古屋ガザ署名2

名古屋ガザ署名1 
 
太田光征
http://otasa.net/
 


posted by 風の人 at 19:22 | Comment(0) | TrackBack(2) | 一般
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