2008年07月07日

公共(善)って何だ?

「風」で某声明を草稿中、「公共善」という言葉を使ったら、意味が分からない、という声が出ました。下記は「公共善」を具体例で補足した文案ですが、まだ、イマイチのようです。

最近、警察などによる公権力の濫用と一部メディアの偏った報道には、看過することのできないものがあります。国や企業などの都合に左右されない市民の公共善――公正な労働体系や地球環境保全など――を擁護する社会機能が危機に陥っていると思われるからです。

「公共哲学」で使われる「公共」という概念は、「公権力」という場合の「公=国家」に対立する概念で、従来の「公共」概念を、徹底的に市民の側に立って再規定したものといえます。

上記文案中、もう少し具体的な説明を加えてみます。

最近、警察などによる公権力の濫用と一部メディアの偏った報道には、看過することのできないものがあります。国や企業などの都合に左右されない市民のための公共善――“公共企業”により担保される公正な労働体系や“公共経済ルール”に則った地球環境保全など――を擁護する社会機能が危機に陥っていると思われるからです。

企業であれ、政党であれ、メディアであれ、市民の側に立ってもらう必要があるのです。

「公共事業」を国があつらえた事業ととらえる時、この公共はいわば「半公共」といえます。公=国家が公共主体である市民の統制下に入って初めて、「公共事業」といえるでしょう。

米国が伝統的に推し進めている「軍事公共事業」は、国と軍需企業と二大政党にとっての「私的事業」に過ぎません。

公共哲学における「公共」概念は、決して高尚なものではなく、そう言って隅に追いやることは、市民にとって自虐的です。


衆院選での「平和への結集」――民党連合と公共哲学(1/3)
http://video.google.com/videoplay?docid=1648976765102678947



衆院選での「平和への結集」――民党連合と公共哲学(2/3)
http://video.google.com/videoplay?docid=-4979891925996228299




衆院選での「平和への結集」――民党連合と公共哲学(3/3)
http://video.google.com/videoplay?docid=-3935972525698571450



太田光征
http://otasa.net/
posted by 風の人 at 22:19 | Comment(0) | TrackBack(1) | 一般
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